第123話 直角90度なエクゼクティブ。

 勇者三月みつきと、荷物持ちのすすむ、そして女の子よりもカワイイ男の子のコロちゃんは、縦一列に並んでショッピングモールを歩いている。


 ゲーム脳の俺の頭は、さっきから8bitのピコピコ音源が鳴りっぱなしだ。

 筋金入りのぼっちで、かなりの引きこもり属性の俺にとって、服を買いにいくなんてミッションは『遥かなる旅路』だ。

 ましてや女の子の三月みつきと、女の子以上に可愛らしいコロちゃんと、お洋服のショッピングだなんて『果てしない世界』だ。


 俺は、めったに歩かないショッピングモールを、ビクビクときょどりながな三月みつきの後ろをついていく。


 きょどる理由は、引きこもりだからだけじゃない。待ちゆく人の視線が痛いからだ。

 まあ、もっぱら注目を浴びているのは俺じゃなくて、先頭をテンションマックスで歩いているオーバーオールボーイッシュな美少女勇者三月みつきと、俺の後ろをついてくる、制服姿がまるでお姫様のように可憐なコロちゃんのせいだ。


 待ちゆく人々の視線は、圧倒的な美少女と女子制服の美少年にくぎ付けになっていて、俺に向けられるのは『なんでこんな冴えないやつが美少女ふたりと一緒なんだ!?』というやっかみめいた視線だけだ。

 俺のゲーム脳は、ピコピコと8bitなフィールドマップ曲をループさせながら、三月みつきの後をついていく。


 3分ほど歩いただろうか。三月みつきは、ダンジョン……いや、まるまる一棟、ファッションブランドが入ったビルの前で立ち止まった。


「じゃじゃーん! 今日はここを上から下まで攻略するよ!」 


 そこは、いわゆるファストファッション、お値打ち価格の服が売っている若者向けブランド旗艦店だった。

 お値打ち価格だから、ワンシーズンごとに流行を追うことができる。

 三月みつきみたいないたってふつーの女子高生も、ファッションを自由GUに楽しめる。


「この店なら、初夏のローテも2万円でおつりが付くと思うから!


 三月みつきが店内に入ると、自動ドアが音もなく開く。


 そして俺のゲーム脳には、「ザッザッザ……」という、ダンジョンを踏み込むときの効果音が聞こえていた。


 ・

 ・

 ・


 シャ!


 更衣室のカーテンが開くと、そこには、白いワンピースを着たコロちゃんがいた。肩には薄手で、淡いピンク色のカーディガンをはおっている……カワイイ!


「うぉぉぉぉぉ! カーワーイーイー!!」


 三月みつきの黄色いおたけびが店内にひびきわたって、俺は思わず立ちすくんでしまっている。

 そしてその声に、コロちゃんはテレテレとはにかみ笑いをする。


 これでもう12回目だ。


 三月みつきは、かたっぱしから服をチョイスして、更衣室にいるコロちゃんにとっかえひっかえ服を渡す。

 コロちゃんは言われるがまま、三月みつきのコーデしたセットアップを更衣室でいそいそと着て、テレテレしながらカーテンを開く。


 すると三月みつきがコロちゃんのあまりの可愛さにもだえ苦しむ。

 さっきから、ずーっとこの繰り返しだ。


「まって! まって! まって!

 なんでコロちゃんはどんな服着てもこんなにカワイイの??

 神なの? カワイイの神なの?? カワイイの創造神なの???」


 三月みつきに尋常じゃないくらいほめられまくっている、コロちゃんはずっとテレテレとはにかんでいる。でも、まんざらでもなさそうだ。


「いーな、ブルベ夏。イエベ春のアタシはパステルピンクが絶望的に似合わないからなあ……うらやましい」


 三月みつきはなんだか呪文のような謎の言葉をつぶやきながら、白いワンピースに、薄手の淡いピンク色のカーディガンをはおったコロちゃんをうっとりと眺めている。


 俺は、カゴの中にてんこ盛りに入っている洋服の山を見ながら、長い長い試着タイムを終えたコロちゃんと三月みつきに、思ったことをつぶやいた。


「この服、全部買うの?」


 俺の言葉に、三月みつきはハッと我にかえる。


「しまった……コロちゃんがあんまりにもカワイイから、試着しすぎちゃった。コ、コロちゃんが本当に気に入った服だけ買えばいいよ」


「そんな……せっかく三月みつきセンパイがコーデしてくれたんだもん……全部買います! あ、あのすみません! そこの店員さん!」


 コロちゃんは、お客さんが試着して適当に返した服を、けだるそうに、でも丁寧に折りたたんでいる店員さんに声をかけると、


「あ、あの……この服、これで買いたいんですけど……」


 と、可愛らしいサイズのサコッシュから、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟のごとく黒光りするカードを天にかかげた!!


 すると、けだるそうな店員さんの目がみるみると見開いて行って、


「か、かしこまりました!!」


 と叫んで、大慌てで走り去っていった。そしてすぐさま、ハンカチで汗をふきふきしながらなんだかスーツ姿のエグゼクティブなおじさんと十人くらいの従業員がゾロゾロとやってきて、


「これはこれは師太しだ様! まさかこのようなお店にいらっしゃるとは……」


 コロちゃんは、汗をふきまくっているスーツ姿のおじさんに、


「ぼく、この店初めてで……このカード使えます?」


 と、恥ずかし気にほほえんだ。


「も、もちろんでございます!」


 スーツ姿のエグゼクティブなおじさんは、直角90度にペコリんと頭を下げながら震える手でコロちゃんから漆黒のカードを受け取ると、後ろに控えた従業員がものすごいスピードで服を折りたたんで手提げ袋に入れていく。


「あちらに、ご休憩ルームをご用意しておりますので、どうぞおくつろぎください」


 スーツ姿のエグゼクティブなおじさんは、直角90度のまま、すちゃりとお店のバックヤードを指す。するとコロちゃんは、


「ありがとう……でも、ぼく、今日はセンパイと一緒にランチだから……」


 と、にっこりと微笑んだ。


「かしこまりました。またのお越しをおまちしております」


「ありがとー。あと……この服、このまま着ていきたいんだけど……ダメ?」


 コロちゃんがカワイク首をかしげると、店員さんが猛スピードでコロちゃんが着ている白のワンピースと肩にはおったピンクのカーデガンのタグを切り取る。


 そして俺は店員さんに、合計6袋にもなった大量の服の入った、ブランドのロゴが描かれたビニールの袋をズシリと手渡された。


「ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」

「ありがとうございました!!」


 コロちゃんと、三月みつき、そして俺は、直角90度のお辞儀をする店員さんに見送られながら、そのお店から出ていった。


 うん。間違いない。うすうすは感じていたんだけど、コロちゃんはとんでもない両家のご子息だ。


 だって、パパと一緒に車でコロちゃんの家まで送った時、コロちゃん、高い塀が延々と続く場所で降ろしてくださいって言ったんだよな。

 あの塀の中が、全部コロちゃんの家だったのか……。

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