第三章・二幕

第121話 ゼロ距離?のモーニング。

 俺は遭難していた。


 とても小さな島で遭難していた。

 その島は、俺の部屋くらいの大きさで、小さなヤシの実がたったひとつ生えているだけだった。


 俺は、ヤシの実にもたれかかって、見渡す限りの水平線をぼけーとながめていた。

 動く気力なんてない。なぜなら俺は腹が減っていたからだ。腹が減って仕方がなかったからだ。


 そしてHPは一桁だった。このままでは死んでしまう。


 俺は、体育すわりをして、遥か彼方の水平線をぼんやりとながめた。

 うん。これはダメだ、泳いでいける距離じゃない。


 俺は、体育すわりをしたまま力なくつぶやいた。


「だれか……助けてくれ……食べ物をくれ……」


 キラーん!


 ん? なんだ、あれ??


 なにかが光ったと思ったら、その物体はたちどころに近づいてきて、俺の前に広がる大海原に、「ザッパーン!!」と不時着した。


 不時着した物体は、ガチャガチャと鎧をゆらしながら島に上陸してくる。ランスガーディアンだ。


「……ふぅ……ヒドイめにあいました……」


 聞き慣れた声がする。ランスガーディアンは、フルフェイスの鉄仮面をガチャリとあける。


「コ、コロちゃん!? どうしたの?」

「……モードチェンジしたイエロージャックに……投げとばされちゃいました」


 コロちゃんはそう言いながら、海の中からガチャガチャと鎧をゆらして島にはいあがってきた。


「そうなんだ、大丈夫?」

「……はい。ランスガーディアンは頑丈さがウリなんで……」


 ぐうううううう……。


 コロちゃんの返事と同時に俺の腹が盛大に鳴った。


「コロちゃん、なにか食べ物持ってない?」

「……バナナならありますよ。さっきマゼンタザルからもらったんです」

「ひょっとして、それでイエロージャックに投げ飛ばされたの?」

「……はい。なんだか、嫉妬されちゃったみたいで……」


 俺と話しながら、ガチャガチャとランスガーディアンの鎧を脱ぎ去ったコロちゃんは、独特なデザインのブレザーとチェックのスカートがカワイイと評判の、ウチの高校の女子制服姿になる。


 そして、制服のポケットからバナナをとりだすと、なんだか、なまめかしい手つきでバナナの皮をむきむきして、


「はい、センパイ、アーンして」


 と、バナナをうやうやしく差し出した。

 俺はじっとコッチを見つめているコロちゃんにちょっと照れながら、言われるがまま、「アーン」をして、バナナをほおばる。


 バナナはとってもおいしかった。そしてとっても甘かった。まるで練乳のチューブを直飲みしたみだいだ。甘すぎる。あんまりにも甘すぎて、喉がひりつくくらいだ。おかげで、めちゃくちゃのどがかわいてしまった。


「ねぇ、コロちゃん、何か飲み物ない?」

「の……飲み物……ですか……?」


 コロちゃんは、なぜだかほほを真っ赤に染めて、カワイク悩んでいる。


「な、なあ、頼むよ! お願い、コロちゃん! コロちゃん様!!」

「……わかりました。かぞえセンパイの頼みはことわれません……」


 そう言うと、コロちゃんはいそいそと制服のブレザーを脱ぎ始めた。

 俺は、思ったことをそのまま聞いた。


「え? どういうこと??」

「…………」


 コロちゃんは無言のまま、制服のブレザーを脱ぎ捨てた。そして、スカートのファスナーに手をあてて「じじじイィ」っと、ファスナーをおろした。


 チェックのスカートは、音もなく「ふわり」と砂浜の上に落ちると、淡いピンク色の清楚なおパンツがかわいくこんにちはをする。


 え? どういうこと??

 

 コロちゃんは、ワイシャツも脱いで、そうしてなぜだかつけている淡いピンク色のブラジャーも「ぱちん」とはずす。


 え? え?? どういうこと??


「センパイ……おまたせしました!!」


 そう言うと、コロちゃんはおっぱいを押し付けてくる。

 コロちゃん、や、やっぱり女の子だったんだ……そしてけっこう……イヤ、かなーりおっきなおっぱいだ。顔が埋まって息ができない!!


 ……なんだか前にも、こんなことあったような……ていうかこのおっぱい……知ってるぞ!!


 ・

 ・

 ・


 俺は、目を覚ました。

 

「……やっぱり!!」


 俺は、おっぱいに挟まれていた。目の前には、おっきなおっぱいがある。きれいで思わずさわりたくなるおっぱいが、目の前に広がっている。俺の頭は、目の前のおっぱいで、もういっぱいいっぱいだ。おっぱいで、大混乱だ。


 そしてこのおっぱいの持ち主は……!!


「え? わたし……裸? な、なんで……まさか!?」


 一乃いちのさんは、目をさますなり、大慌てでシーツを引っ張ると、おっきくて低反発なおっぱいを隠して、部屋をキョロキョロと見渡している。なんだか、俺以上に大混乱しているみたいだ。


 一乃いちのさんは、ひと通り部屋をキョロキョロ見渡すと、ようやく俺と目が合った。すると一乃いちのさんは、ものすごくホッとした顔をして、


「なんだー。スーちゃんの部屋かぁ……良かったぁ……」


 と、つぶやいた。


「昨日、結構飲んだんですか?」

「えへへー。お料理がおいしくってーついついー」


 一乃いちのさんは、てへぺろと舌を出して頭をかいて、そのまま手櫛で軽く髪の毛を整えると、うでにしていたヘアゴムで、栗色のウエーブがかったやわらかいロングの髪を器用にしぱって胸元にたらした。いつもの見慣れたヘアスタイルだ。


「お誕生日のお祝い、どんな料理が出たんですか?」

「和食のコース料理ー。海老しんじょのお椀がすっごくおいしくて、お酒がすすんじゃったー」


 一乃いちのさんは、ニコニコしながら話をつづける。


「あとあと、景色がすっごくよかったのー。スカイツリーの真ん前でー。そこで田戸蔵たどくらさんにすっごく素敵な……」


 そこまでしゃべると、一乃いちのさんの顔がとたんに赤く染まっていった。


「そ、そうだ! スーちゃんは今日、十六夜いざよいさんと、師太しださんとお買い物いくんだよね?」

「はい。俺は単なる荷物持ちですけど」

「そ、そうなんだー。じゃ、じゃあ、わたしは桶狭間おけはざま編のネームを進めなきゃ……」


 そう言うと一乃いちのさんは、ベットの上に丁寧に畳んでいる自然派ナチュラルなワンピースと淡いグリーンのブラジャーとパンツ、それから昨日、俺が誕生日プレゼントに贈った淡いグリーンのショール(俺には女の人のファッションはサッパリだから、三月みつきに選んでもらった)を素早くとると、そそくさと俺の部屋から出ていった。


 一乃いちのさんが酔っ払いすぎると、部屋を間違えて、俺の部屋で寝てしまうことはよくあることだ。

 昨日は、『信長のおねーさん』の500万部突破と、田戸蔵たどくらさんの副編集長昇進のお祝いと、一乃いちのさんの誕生日のお祝いを兼ねて、白蓮はくれん社がごちそうしてくれるって言ってたから、きっと美味しい料理を食べて、お酒がすすんだんだろう。

 一乃いちのさんはお酒が大好きだけど、実は結構、かなーり弱い。

(つまり、しょっちゅう部屋を間違える)


 部屋を間違えるのはいつものことだけど……今日はなんだか明らかに様子がちがっていた。目覚めた時に、なんだかメチャクチャ慌てていた。


 どうしたんだろう……。


 俺は首をかしげながら、ベッドの上の目覚まし時計を見た。

 やばい! もう9時半を回っている!

 三月みつきとコロちゃんとは、駅前で10時に待ち合わせなんだ。のんびりしているヒマなんかない。


 俺は大慌てで服を着替えると、2階のキッチンで水を一杯だけ飲んでから、大急ぎで家を出た。

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