第119話 ワイルドだけど揺れはゼロ。

 今回のイエロージャック戦につかった、二帆ふたほさんの〝ニトロの瓶〟と、俺が使った〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟と、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟の素材を集め終わったころ、窓の外はすっかり暗くなっていた。


「……ぼく、もうお家にかえらないと……」


 コロちゃんが、なごり惜しそうな声で席を立つ。俺もコロちゃんにつづいた。


「おくっていくよ。って言っても、俺はパパの車に一緒にのるだけだけど」


「助かります……弥十郎やじゅうろう様とふたりっきりだと、ぼく、緊張してなにをしゃべっていいかわかんないもん」


 コロちゃんは、ほほを真っ赤に染めて、モジモジとする。

 うん。本当に、なんであのパパにこんなカワイイファンがついているんだろう。

(失礼)


 俺とコロちゃんは、素材集めを続ける二帆ふたほさんを残して二帆ふたほさんの部屋をでた。階段を降りると、キッチンに母さんがいて、リビングにパパと、学校から帰ってきた一乃いちのさんがいた。


「あー、師太しださーん」


 リビングでパパといっしょにくつろいでいた一乃いちのさんは、ニコニコと微笑みながら手を振っている。そんな一乃いちのさんを見て、コロちゃんが驚いた。


「……え? 荻奈雨おぎなう……先生? どうして……?」


 そりゃそうだ。学校の保健の先生が、なぜか俺の家にいるんだもん。ふつーそうなる。


「実は、荻奈雨おぎなう先生……一乃いちのさんは、パパの娘さんなんだ」


 俺は、勤めて事務的に必要最小限の説明を行うと、


「そーなのー。そして、スーちゃんはわたしのカワイイ弟君なのでーす」


 と、一乃いちのさんは俺が個人的には絶対に認めたくない事実を追加で説明する。


「えええ!! そうなんだぁ!」


 コロちゃんは、大き目なトーンで驚いた。


かぞえセンパイがうらやましいです!

 荻奈雨おぎなう先生みたいな優しいお姉さんと、二帆ふたほさんみたいなゲームの達人のお姉さんが……いる……なん……て……??」


 コロちゃんは、ちょっと興奮気味に早口でしゃべっていたけど、すぐにいつもの小さな声にもどって、それから首をひねった。


「ただいま」

「ただいま」


 ママと父さんが、会社から戻ってきたからだ。


「おかえり」

「おかえり」

「おかえりー」


「おやおや、カワイイお客さまだね」

「おやおや、すすむくんには、三月みつきちゃんがいるのに……プレイボーイだこと」


 笑顔で出迎えるパパと母さんと一乃いちのさんと、おやおや言いながら階段から上がってきた父さんとママを、コロちゃんが何度も何度も見返している。


 うん。完全に混乱している。


「……え? どういう……こと……で……すか??」


 そりゃそうだ。もう両親がLDKにそろっているのに、階段からおやおや言いながら両親がもう一組何食わぬ顔して上がり込んでいるんだもの。


「えーと、詳しくは、おくりの車の中で説明するよ。パパ、車、おねがい」


 俺は、しきりに首をひねっているコロちゃんの背中を押して、一階の玄関へと向かった。


 ・

 ・

 ・


 パパは、その体格にお似合いのワイルドなランドクルーザーを、法定規則をきっちりとまもった安全運転で走らせる。さすがは高級車、乗り心地はばつぐんだ。


 そして、その安全運転の車のなかで、俺とパパは、なんとも複雑怪奇な我が家の家庭の事情をコロちゃんになるべくかみくだいて説明した。


「……そうなんですね……なんだか大人の世界すぎて……ぼくには理解がおいつかないです……」


 コロちゃんは、俺と全くおんなじ、きわめて常識的な感想を言って、話をつづけた。


「なんだか……弥十郎やじゅうろう様の生きざまをみていると、ぼくのなやみなんか、ちっぽけに思えちゃいます」


 車道の先の信号が赤になった。パパはゆっくりとスピードをおとして車をとめると、後部座席にすわるコロちゃん、そして俺の目を交互にみつめて、まるで諭すように話した。


「はっはっは。私たちを見習えとは言わないけれど、世のなかには、いろんな人がいるし、いろんな生き方があるんだよ。

 答えはひとつじゃないし、答えるタイミングもひとつじゃない。だから、後悔の無いように、今をしっかりと生きなさい」


「……はい!」


 コロちゃんの返事とシンクロするみたいに信号が赤から青に切り替わる。

 パパはコロちゃんの返事にテカテカの笑顔で応えると、前を向いて再びゆっくりと車を走らせた。



―――― 答えはひとつじゃないし、答えるタイミングもひとつじゃない。――――


 公務員の内定をもらって、高校の卒業式に一乃いちのさんに告白する。

 俺は、とてもスムーズで、ちっとも揺れない高級外車のなかで、もう、一年以上まえから心に決めている目標が、ぐらぐらと揺れていくのをハッキリと感じていた。

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