第117話 モーションゼロの高速移動。ーGー

 マゼンダサルの死という絶望により、たくましい岩石におおわれた右半身も、美しい黄金の毛におおわれた左半身も、腹いせに殺してしまった仲間たちと、あといつのまにか装備している棒まで失ってしまったイエロージャックは、


『ギィーン……ギィーン……』


 と、とても生物だとは思えないような不協和音をかき鳴らしながら、青白いオーラーをまとって、フラフラと浮かんでいる。


『ギィーン……ギィーン……』


 そして、その姿をあっけにとられて見ているあいだに、陰陽導師の〝ロンリー〟が装備していた〝戊辰つちのえたつ〟の大盾が、音もなく「フッ」と消え去った。


 召喚の制限時間、5分が過ぎたんだ。


 考えている暇はない、俺は、とにもかくにも被害者がでないように、を唱えた。

 効果があるかどうかは完全に五分五分いや、三割以下かもしれないけど、保険のようなものだ。やらないよりはマシだ。


『むきゃ……』


 俺が魔法を唱えたのと同時だった。イエロージャックは、まるでシルバーの彫像のごとく一切微動だにしないまま、紫の残像を作りつつ超高速でジグザグに移動した。


 そして、コロちゃんがあやつる〝シフト〟の真後ろに移動すると、その頑丈な鎧につつまれた大きな体を「ひょい」と片手で持ち上げて、そのまま真上にぶん投げた。


「きゃあ!」


 コロちゃんは、たまらず悲鳴を上げて、足をばたつかせる。

 (スカートの中身は、見えそうで見えない! 残念……なのか……?)


 と、とにかく今はゲームに集中しよう。そうしよう!!


 空中にぶん投げられた〝シフト〟が、コロちゃんの動揺を投影してばたばたと空中で暴れている。そんな〝シフト〟を、イエロージャックは無表情で見上げると、「パカリ」と大きな口を開いた。


『むきゃむきゃ……はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』


 仲間のサルを粉みじんにした、水色のレーザー砲だ。〝シフト〟は、イエロージャックのレーザー砲をもろに受けて大爆発をしている。

 そしてレーザーは、大爆発を貫いて、はるか上空へと伸び続けていた。


『これはオダブツw』

『なすすべなし』

『あー今回はオーバーキルなしか……』

『残念』

『あ、フーターがツルツルザルを攻撃してる』

『結構耐久弱いね……』

『次はロンリーがなげられたところを攻撃してフィニッシュかな?』

『いや、違うみたいだぞ』

『シフトが生きてるw』

『なんだ、意外とダメージすくないのか』

『違うヨ、ロンリーのしわざ』

『……そっか、辛亥かのといか!』

『味方全員に一回だけ魔法無効のマジックシールドを付与する防御魔法ですね。ロンリーが直前に唱えていました』

『あのレーザー攻撃、魔法だったのか……』

『以外……』

『打撃無効の丁亥ひのといも選択肢にあったかもしれませんが、二択に勝利しましたね』


 良かった。レーザーが魔法扱いで本当に良かった。

 あとレーザーが単発判定で本当に良かった。おかげさまで、あんなに派手な攻撃なのに、〝シフト〟が喰らったダメージは、高所からの落下ダメージだけだった。


「び、びっくりしました……」


 いきなりぶん投げられてレーザーをあびせかけられたあと、上空から地面に激突したコロちゃんは、「はぁはぁ」と荒い息をしながらVRゴーグルを外して額の汗をぬぐっている。


「大丈夫?」

「え……あ、はい! 平気です!!」


 コロちゃんは、俺と目が合うと、顔を真っ赤にそめあげて、すぐにVRゴーグルをかぶってしまう。そして、とってもとっても小さな声で、


「センパイのこと………になちゃいそう」


 と、ぼそっと……つぶやいた。


「え? なに、聞こえない」

「な、なんでもないです! イエロージャックに集中しましょう!!」


 コロちゃんは、さっきとはちがうすっごく大きな声ではきはきと答えた。

 (なんだったんだろう……)


『ギィーン……ギィーン…… むきゃ……』


 イエロージャックは、またしても空中浮遊状態からの、高速ジグザグ残像移動で、二帆ふたほさんあやつる〝フーター〟の背後に立つと、「ひょい」と片手で持ち上げた。


「にゃはは! つかまっちゃったのだ!!」


 うん。これはチェックメイトだ。


 詰んだのは、空中に高々とぶん投げられた〝フーター〟じゃない。

 おろかにも〝フーター〟を空中にぶん投げてしまったイエロージャックだ。ビームを発射しようと口をあんぐりと開けているイエロージャックだ。


 きっと、イエロージャックは、〝フーター〟の羽衣でレーザー砲を跳ね返されてとどめをさされることだろう。


 でも、それだけじゃない。それだけじゃあ、面白くない。トリプルオーバーキラーの〝ロンリー〟の名がすたる!

 

 俺は極めて冷静に、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟で、暦をかきかえる。

 そして、コロちゃんに、イエロージャックがビームを発射した後に、叫びの盾で突っ込んで欲しい旨を伝えた。

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