第110話 100パーセントのそっくりさん。

「やっぱりだ! 全日本ボディビルチャンピオンの、仁科にしな弥十郎やじゅうろうさまだ!!

 キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 ステキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 師太しださんは、ちょっと信じられないくらいの声をあげて、玄関に倒れている二帆ふたほさんを担ぎ上げているパパを見ている。

 そんな師太しださんに気がついたパパは、胸板をプルプルと振るわせながらテカテカとした笑顔を作って話しかけた。


「おや? これはこれはカワイイお客さんだね。

 さあ。どうぞ、おあがりください」


 師太しださんは、コクリとうなずくと、玄関でローファーをぬぐ。

 良かった。本当に良かった。

 師太しださんが、帰らなくて本当に良かった。


 ぼくと、師太しださんと、あと二帆ふたほさんを肩にかついだパパは、2階のリビングに上がった。

 パパは、ソファーの上に二帆ふたほさんをそっと寝かせると、


「さあ、君もお座りなさい」


 と、師太しださんをうながした。


「……はい」


 師太しださんは消え入りそうな声で、ソファーに浅く腰掛ける。


「飲み物は、何がいいかい? コーヒーに、紅茶、あと緑茶。ハーブティー、それからソイプロテインもあるけど……」


「じゃ、じゃあ、紅茶で……」


 師太しださんはとてもバラエティに富んだ飲み物の選択肢から、無難な紅茶をえらんだ。


「俺も」


 いつもはコーヒー党の俺も、師太しださんに合わせる。


「了解。少し待っていてくれたまえ」


 パパは胸板をピクピクさせながら返事をすると、回れ右をしてダイニングに行った。


「…………………………」

「…………………………」


 沈黙が辛い。M・M・Oメリーメントオンライン談義で盛り上がっていた帰り道が嘘みたいに、俺と師太しださんのふたりのボッチは、ずっっと押し黙っていた。すると、


「むにゃ、ここはどこなのだ?」


 師太しださんの男の子なところをニギニギして気絶した二帆ふたほさんが目を覚ました。

 師太しださんは、ビクッと身体をこわばらせる。


 二帆ふたほさんは目をさますなり、普段の二帆ふたほさんからはちょっと信じられないくらい真面目な顔をして頭を下げた。


「ニギニギしちゃって、申し訳なかったのです。

 フーちゃんのこと、嫌いになった?」

「……だ、大丈夫です、ちょっとビックリしたけど……」


 師太しださんは慌てて否定をすると、二帆ふたほさんは話をつづけた。


「フーちゃん、ちょっとひとみしりなのだ。とくに男の子には大キンチョウしちゃうのだ。今もとっても緊張してるよ?」

「そ、そうなんですね。意外です」

「でも、M・M・Oメリーメントオンラインが好きな男の子は平気なのだ。

 スーちゃんとも仲良しだし、流しのアルコのアーちゃんとも仲良しなのだ。

 君とも仲良しになりたいから、名前、おしえて?」


 師太しださんは、ピクっと震えた。そして、消え去ってしまいそうな声でつぶやいた。


師太しだ……五郎ごろうです」


 俺は思った。男らしい名前だ。師太しださんの可憐な容姿からはちょっと想像もつかないくらい、たくましい名前だ。


「そーなのかー。じゃあ、よびにくいからコロちゃんにするのだ」

「……え? コロ……ちゃん?」

「そーなのだ。余計なてんてんを取ってコロちゃん。こっちの方がカワイくてお似合いなのだ。よろしくね。コロちゃん!」


 そう言うと二帆ふたほさんは、ニッコニコのスマイルで師太しださん……いやコロちゃんに手を差し出した。


「は、はい、よろしくお願いします。二帆ふたほさん」


 俺は、握手をするふたりを見て胸をなでおろした。良かった。本当に良かった。

 そして、握手をしているふたりを満足そうに見ながら、パパが紅茶みっつとソイプロテインをお盆の上に乗っけて運んできた、


 パパは、俺たちには紅茶を、そして自分の席にソイプロテインを置くと、


「じゃあ、君のこと話してくれるかい? コロちゃん」


 と、テッカテカの優しい笑顔でコロちゃんを見た。


 コロちゃんは、あっつあつの紅茶をふうふうと息を吹きかけて、ちびちびと飲みながら、少しずつ自分のことを話し始めた。


「なるほど、自分の性別がわからない……か」


 パパは、厚い胸板をピクピクさせながら、でも大真面目な顔をしてうんうんと頷いた。


「はい……ボクは五人兄弟の末っ子で、父さんと母さんがどうしても女の子がほしかったらしくて、ちっちゃい頃は女の子の服を着てたんです。でも、小学生になってからは男の子の服を着るようになって……すごい違和感があったんです」


「だから、高校では女子の制服を着ているんだね?」


「はい。うちの学校の制服、とってもカワイイから、どうしても女子の制服を着たくって。

 ……でも……自分が女の子か……って聞かれたら、わかんないです。

 女の子の、可愛い服が好きな、ふつうな男の子なのかもしれないです」


「なるほど……」


 パパは、うんうんとしきりに首を縦に動かしてコロちゃんの話を聞いている。そして、


「ちょっと、待っててくれるかい?」


 と言って、3階に上がって、すぐに一冊のアルバムを持って帰ってきた。

 パパは、アルバムをペラペラめくって、ローテーブルに置いた。

 そこには、黒髪ショートで、キレイめなブラウスとチェックのミニスカートを合わせた無茶苦茶美人の女の人が写っていた。


「え? 二帆ふたほ……さん?」

「ちがうよ? フーちゃん、プライベートでスカートははかないもん」


 確かに、二帆ふたほさんが外出するときは(つまりFUTAHOモードのときは)パンツルックだ。

 そして、家の中では、スカートどころかパンツもはかない。

 そして、よくよく見ると写真に刻まれた年代がおかしい。1990年ってある。

 30年以上もまえだ。まだ二帆ふたほさんは生まれていない。


 俺は、思ったことをそのまま聞いた。


「この人、誰ですか?」

「これは、フーちゃんのパパなのだ」


「えええええええええええ!?」

「えええええええええええ!?」


 俺とコロちゃんは、めちゃくちゃ大きな声で驚いた。


「えっへん。フーちゃんは、パパ似なのだ!」


 いやいやいや、パパ似なんてどころじゃない。今の二帆ふたほさんそっくりだ。二帆ふたほさんの天才的な運動神経もパパゆずりだと思っていたけど、容姿もパパゆずりだったんだ。


「私も君くらいの時は、自分が何者かわからなくてね。色々と迷走をくりかえしていたものだよ」


 そう言うと、マッチョでこけしヘアーのパパは、ごくごくとソイプロテインをのみほして、遠い目をした。

 うん。どちらかと言えば、いまの方が迷走しているようなルックスな気がしないでもないけど……。


「自分の気持ちというのは、案外自分が一番わからないものだよ。君もあせらず、ゆっくりと自分をみつければイイんじゃないかな?」

「はい! わかりました!!」


 コロちゃんは目をキラキラとさせながら、パパを見つめて力強くうなずいた。


 正直なところ、俺にはコロちゃんとパパの気持ちは、ちょっとよくわかんないけど、パパの言葉はものすごく心に突き刺さった。


『自分の気持ちというのは、案外自分が一番わからないものだよ』


 俺は、一乃いちのさんが好きだ。大好きだ。

 ……でも。このって感情は、ひょっとしたら、異性っていう意味じゃないのかもしれない。俺が一乃いちのさんを好きなのは、一乃いちのさんが、俺を救ってくれた恩人だから……なの……かもしれない。


 俺は、自分の気持ちが解らなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る