第109話 需要はけしてゼロじゃない。

「フーちゃん、お、男の子にょ、男の子にゃ所を思いっきりニギニギしちゃったのだ……」


 俺は、ゆっくうううううりと倒れていく二帆ふたほさんの言葉が信じられずにいた。


 え? どういうこと??


 師太しださんのスカートの中に、男の子の男の子な所があるの??

 こんなにかわいいのに??

 ほんとう? 本当に、ほんとう??


 俺の頭がショート寸前になっていると、師太しださんの顔から血の気がさぁーとひいていった。そして、


「ご、ごめんなさい!!」


 師太しださんは、くるりと回れ右をして俺の家から駆け去ろうとする。


「待って!」


 俺は、師太しださんの腕をつかんだ。


「は、放してください!」

「いいから待って、話してくれ!!」


 うん。なんだか会話がこんがらがっている。

 師太しださんは、必死に、俺がつかんだ腕をはがしとりにかかった。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 放してください!!」

「ダメ! 絶対に放さない!! 帰る理由を話してくれないと放さない!!」


 俺は師太しださんの腕を両手で抱きかかえた。


 ダメだ。絶対に放さない。話してくれるまで絶対に放すもんか!!


 ここで手を放してしまうと、おそらく、たぶん、いや絶対に師太しださんは二度と俺の家に遊びに来てくれなくなる。


 そして、学校にも来てくれなくなる。保健室登校すら辞めてしまうだろう。


「とにかく話を聞かせてくれよ! お願いだ!」


 俺は、すがるような思いで、叫びながら、師太しださんの腕にからみついた。

 うん。師太しださんは、まるで、あの時の俺みたいだ。


 1年生の文化祭の時、メイド喫茶をやるのに、学園一の美少女の三月みつきの可愛さを、独り占めにするために厨房係にしようと

 と、クラスの女子に誤情報を与えられたウエイな男子どもに、ボコボコにみぞおちをなぐられて、保健室に治療に行って、一乃いちのさんに治療してもらった後に、


「こんな学校、二度とくるもんか!」


 と、一乃いちのさんに捨て台詞を吐いて家に帰ろうとした俺みたいだ。


 あの時、俺は退学を決意していた。でも引き留められた。一乃いちのさんに全力で引きとめられたんだ。


 俺は、腕にからみついた一乃いちのさん(と、一乃いちのさんの低反発なおっぱい)に引き留められて、保健室登校をはじめたんだ。


「頼むよ、師太しださん! 帰らないで!!

 M・M・Oメリーメントオンラインを一緒に遊ぶって約束したじゃないか!!」


 俺は、必死に師太しださんの腕にしがみつづけた。

 師太しださんは、ちょっと、いや結構……いやいやかなりチカラが強い。

(俺がショボいだけかも知れない)


 師太しださんは、強引に玄関から外に出て、俺ごと引きずってどんどんと歩いて行ってしまう。

 ヤバイ! 腕がしびれてきた。も、もうダメだ。

 俺が、限界に近づいた手を放そうとしたとき、


「なんだいなんだい? さっきからずいぶんと賑やかじゃないか……うわ! 二帆ふたほどうした?? こんなところで寝てしまっては、風邪をひいてしまうよ」


 1階のパーソナルジムでトレーニングにいそしんでいたパパが、ムキムキの身体からモクモクと湯気を立てながら現れた。


 そしてその瞬間、猛烈なパワーで俺を引きずっていた師太しださんの足がピタリと止まった。


「え? この声は……」


 師太しださんは、くるりと回れ右をした。そしてその顔はたちどころに紅潮した。とろんとした瞳は、完全にハートになっている。


「やっぱりだ! 全日本ボディビルチャンピオンの、仁科にしな弥十郎やじゅうろうさまだ!!

 キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 ステキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 師太しださんは、まるでジャニーズのアイドルを見るみたいな瞳でマッチョキノコのパパを見て、黄色い声を上げていた。


 え? どういうこと??

 

 ていうか、パパにも女の子……じゃないか男の娘? ……と、とにかく!

 こんなカワイイファンがいるなんて。


 俺は、パパにかなり失礼な感想をいだきながら、その場に立ちつくしていた。 

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