第103話 ボリュームがほとんどゼロの自己紹介。

 M・M・Oメリーメントオンラインのロールバックメンテナンスは、夜中の2時からわずか30分程度で完了したようだ。


 朝起きて、M・M・Oメリーメントオンラインにログインしたら、プレゼントボックスに、ロールバックのお詫びのペットフード3個、あとロールバック対象となったジガ=コンステレーション戦のミッションに参加していたユーザーに、ペットフード10個が入っていた。


 せっかく達成したトリプルオーバーキルだけど、こればっかりはしょうがない。

 

 とはいえ、弱体化されたのはカニの攻撃力だけだし、結構命中させるのが難しいウエポンハンターのムーン・スパイラル・キックも、〝壬辰みずのえたつ〟の水柱で足止めをしておけば、命中精度も上昇するはずだ。


 再挑戦でもう一度トリプルオーバーキルを狙うのも、決して不可能じゃない。

 そもそも途中から二帆ふたほさんがふざけっぱなしだったし、次はもうちょっとマジメに戦ってもらおう。


 俺はそんなことをぼんやりと考えながら、学生服に着替えて2階のリビングに降りた。


「おはようございます」


「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」

「おはようー」


 父さん、母さん、パパとママ、そして俺が密かに憧れている保健室の先生で、大ファンの少女マンガ『信長のおねーさん』の作者、雨野あめのうずめ先生の、一乃いちのさんが同時にあいさつをする。


 この、なんともややこしい朝の風景も、ずいぶんと慣れた。あれからもう8ヶ月か……時が経つのは早いものだ。


二帆ふたほさんは、メンテ後にも、〝ぬえの羽衣〟の素材集めをしていたんだろう。一向に起きる気配がない。まあ、今日は一日オフだし問題ない)


 俺は、ブラックコーヒーと、黄身が濃いめのオムレツとトーストの朝食を食べると、一乃いちのさんと一緒に家を出た。


「それじゃー、わたしは先に行ってるからー」


 ヘルメットをかぶって、おしゃれな原付のバイクに乗った一乃いちのさんを見送りつつ、俺は自転車にまたがって学校へ行く。


 今日は随分と風が強い。とんでもない向かい風だ。

 これはさすがに降りないと坂を登れそうにない。


 俺は、坂の中腹で自転車を降りると、押して登り始めた。

 見渡すかぎりの水平線が美しい。たまには自転車を押してゆっくり登校するのも悪くないな……。


 俺は、のんびりとした歩調で、学校までの坂道をのぼっていき、学校の校門をくぐる。そして、自転車を自転車置き場に置くと、いつものように保健室へと向かった。


 一乃いちのさんは、まだこの時間は職員室だ。俺は、誰もいないはずの保健室の横開きのドアを開けた。


 するとそこには先客がいた。


 先客は、空を見ていた。窓のサッシに頬杖をついて、ぼんやりと空を見上げていた。


 カワイイ。息をのむほど可愛い子だ。


 身長は160センチくらい。下級生だろうか……とろんとした二重まぶたで、すっごくかわいい子。耳も見えるくらいのショートの髪型に、ちょっと不釣り合いな長めの前髪が、やわらかそうに風を受けて揺らいでいる。


「あの……」


 俺が声をかけると、その子は、「ビクッ」って肩をふるわせて、こっちを見た。長い前髪が、まるで墨汁をかけられたみたいに顔を半分おおってしまう。せっかく可愛いのに……もったいない。


「一年生? 保険の荻奈雨おぎなう先生なら、もうちょっとしたら来ると思うけど……」


 俺の声に、その子はうつむいて顔を真っ赤にしている。

 そしてそのまま、まるでツイン=ホロスコープのマッチョ像のごとく固まってしまった。(いや、この例えは悪すぎるな……この子と似ても似つかない)


 えーと……どうしよう。


 俺が困っていると、保健室のドアがガラリと開いた。


「あー、師太しださんだー。学校、来てくれたんだーうれしー」


 一乃いちのさんがそう言うと、その子ははにかみながらペコリと頭を下げる。


「あ、スーちゃん、紹介するねー。今日からー、保健室登校をする師太しださんー」


 そう言うと、その子はスカートの端をぎゅっとにぎりながら、消え入りそうな声であいさつをした。


「し、師太しだです……1年です。よろしくおねがいします……」


「3年のかぞえすすむです。

 かぞえって呼んでください。

 あと、荻奈雨おぎなう先生も、ちゃんとかぞえって呼んでください」


「あー、しっぱいしっぱいー」

「よ、よろしくおねがいします。かぞえセンパイ……」


 一乃いちのさんが可愛くテヘペロするなか、師太しださんは、かぎりなくボリュームがゼロの、消え入りそうな声であいさつをした。

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