幕間劇

第95話 あるオフィスの一日

 そのオフィスは、デジタル化がいちじるしい、このご時世にふさわしいオフィスだった。とても遊び心のあるエントランスは、まるでジャングルのようだ。

 そしてそのジャングルを模したエントランスに、小柄な女性が入ってきて、タッチパネルで受付を行なっている。


 童顔で化粧っけのない顔の鼻先に細フレームのシルバーの眼鏡をちょこんとのっけて、腰まであるながい黒髪をひっつめにしている。


 カリスマモデル、FUTAHOのマネージャーをつとめる武蔵むさし六都美むつみだ。


 武蔵むさし六都美むつみは、エントランスの長椅子にちょこんと座り、背筋をのばして微動だにしないで待っている。


 程なく、金髪でいかにも「クリエーターでございます」といった感じの、ピンク色のメガネと、同じ色の迷彩服を着た男性がやってきた。


「どーもどーも、お待たせしました。

 M・M・Oメリーメントオンラインのプロデューサーの本辻もとつじ良郎よしろうです。どーぞ、こちらに!」


 本辻もとつじ良郎よしろうは、武蔵むさし六都美むつみを会議室へと案内する。

 すると、壁一面にジャングルを映しているプロジェクションマッピングに、ジャガーが現れて、ゆっくり、ゆっくりと歩き始めた。


 ピンク迷彩の本辻もとつじ良郎よしろうは、スタスタと早歩きでそのジャガーを追い越した。武蔵むさし六都美むつみもそれにつづく。


「会議室の部屋名が動物の名前になってましてね。その動物が会議室まで案内してくれる趣向なんですけど……ちょっと歩くのが遅すぎてね。全く役に立たない。

 本当に誰がこんな無駄な演出を考えたんだか……クリエイターの風上にも置けないヤツだ」


「……あはは」


 武蔵むさし六都美むつみは愛想笑いしながら、心の中では冷笑していた。

 どの口が言ってるんだか……。


 本辻もとつじ良郎よしろうは、大人気オンラインゲームM・M・Oメリーメントオンラインのプロデューサーだ。

 だが、本辻もとつじ良郎よしろうM・M・Oメリーメントオンラインが、プロデューサーになった人間だ。


 それもそのはず、本辻もとつじ良郎よしろうは、この会社の社長の三男だ。出世が約束された男だ。

 M・M・Oメリーメントオンラインが口コミで話題となり、大々的なプロモーションが始まった後に、おあつらえの座りごごちの良い椅子に座っただけの男だった。


 本辻もとつじ良郎よしろうと、武蔵むさし六都美むつみはいかにも事務的な名刺のやりとりをすますと、座り心地の良い会議室の椅子に座る。


「この度は、M・M・OメリーメントオンラインのイメージキャラクターにFUTAHOをオファーしていただき、誠にありがとうございます」


「いえいえこちらも嬉しいです。ダメもとで頼んだのにまさか、本当にオファーをうけてくださるとは」


「とんでもない! FUTAHOは、M・M・Oメリーメントオンラインの大ファンですから。二つ返事でオーケーしましたよ」


「それは良かった。ところで、あなたの事務所には、他にも、所属している著名人がいらっしゃいますよね?」


「はい、FUTAHOの父の仁科にしな弥十郎やじゅうろうですね?」


「いやいや、そちらではありません。『信長のおねーさん』の雨野あめのうずめ先生ですよ。

 今回お話ししたいのは、クリエイター、雨野あめのうずめ先生への依頼です。

 雨野あめの先生に、M・M・Oメリーメントオンラインの新クラスのキャラクターデザインをお願いいただきたいのです」


「え?」


「実は、白蓮はくれん社に私の同級生がいましてね。先生を説得するなら、まずは、あなたを説得するべきだと入れ知恵をいただきまして」


「その同級生って……」


「はい、『月刊はなとちる』の編集長の矢澤やざわです」


「なるほど……」


 武蔵むさし六都美むつみは、にっこりと微笑んだ。

 そして心の中でもほくそ笑んだ。


 あの、やたらめったらLINEで食事のお誘いをしてくる、パワハラセクハラクチャハラ野郎も、少しは役にたつじゃない。

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