第94話 ゼロ距離のカミングアウト。

 閉館が目前に迫っているとはいえ、昼間はお客さんがごったがえしていたヴィーナスフォートも、さすがに夜となれば人っ子ひとりいない。


 いや、厳密には入場規制がかけられていた。

 カリスマモデルのFUTAHOさんのCM撮影が行われるためだ。


 昼間、二帆ふたほさんはヴィーナスフォートの敷地内で、プロのパルクールプレイヤーに指導を受けていた。

 でも、それはあくまでメイキング動画用。


 本番はこれからだ。


 ヴィーナスフォートには、100台以上の低点カメラが備え付けられてあって、通路には、わざとらしくコンテナやポールも配置されてある。

 この通路を、FUTAHOさんとパルクールプレイヤーたちが疾走するさまを撮影するんだ。


 それじゃあ本番行きます!!


「よーい! アクション!!」


 CMディレクターの声とともに、ビーナスフォートの教会広場にフードをまぶかにかぶった黒づくめの集団が現れた。

 黒づくめの集団は、通路に並んだコンテナや壁をまるで重力を無視したみたいに走っていく。


 圧巻のパフォーマンスだ。

 そしてそのなかで、ひときわ軽やかに夜のヴィーナスフォートを疾走する人物が、バサリとフードをあげる。


 FUTAHOさんだ。


 FUTAHOさんはそのままパーカーを脱ぎ去ると、パープルのスポーツブラ姿になって、さらにそのギアを上げていく。

 そして、噴水公園までたどりつくと、突然バック宙をして、そのまま噴水のヘリに着地する。


 そして、かたわらにある白像が持っていたプロテインシェイカーをとると、そのままごくごくと飲んで。クールに笑った。


「カッーーーート!」


 うおおおおおおお!!

 パチパチパチパチパチパチ!!


 撮影の様子をかたずを飲んで見守っていたスタッフは大歓声だ。


「いやー、すごい映像がとれた!」

「途中まで、だれがFUTAHOなのか全くわからなかった!」

「すげーな、共演してたの、パリ五輪の有力選手だろ!?」


 スタッフが口々にFUTAHOさんを褒め称える。


仁科にしな部長、いかがでしょう?」


 CMディレクターがスポンサーの仁科にしな部長(要するに俺のママ)に、手もみをしながらうかがいを立てる。

 でも、その顔は明らかに自信に満ちあふれていた。


「うん、文句なし! 最高だわ!!」


 ママはご機嫌で、CMディレクターにOKを出す!!


「ではこれで、撮影はクランクアップです! お疲れ様でした」


 パチパチパチパチパチパチ!!


 クランクアップの声に、肩で息をしていたFUTAHOさんの顔に、はちきれんばかりの無邪気な笑顔がこぼれる。


 (やば、スイッチが切れかかってる?)


 俺が心配しながらFUTAHOさんを見ていると、ポンと背中を叩かれた。

 武蔵むさしさんだ。


「大丈夫、問題ありません。

 あんな大仕事お成し遂げたんですよ。喜ばない方が不自然ですよ」


 FUTAHOさんは、スタッフさんからあったかそうなガウンを肩からかけてもらって、おっきな花束を持って、ずっと無邪気な笑顔で笑っていた。


 ・

 ・

 ・


 スタッフが撤収にあけくれるなか、二帆ふたほさんと、ママ、そして俺は、一足お先に現場から上がらせてもらって、武蔵さんのアルファードに乗って、自宅へと送り届けてもらっていた。


 大役をこなした二帆ふたほさんと、出張帰りの足でCM見学にかけつけたママは、後部座席ですやすやと眠っている。


 俺は、助手席で眠い目をこすりながら、ぼんやりとレインボーブリッジからの眺めをみつめていると、突然、武蔵むさしさんが話しかけてきた。


すすむさん。今日はご無理をいって本当に申しわけありませんでした」


「無理だなんて、そんな。全然大丈夫です」


「本当ですか? せっかくのクリスマスイブですよ?

 三月みつきさん、いや、ひょっとしたら一乃いちのと一緒に過ごしたかったんじゃないですか?」


「そ、そんなこと……な、ないですよ!」


「そうですか……」


 会話が続かない。


 こんな恋バナみたいな話、年上のしっかりしたおねーさんと話すなんて恥ずかしすぎる。というか、恋バナじゃなくて普通に話すのも緊張する。


 あ、でもこれは今、武蔵むさしさんが、仕事スイッチを入れているからか……オフモードの六都美むつみさんなら結構平気なんだけどな……M・M・Oメリーメントオンラインの『太陽の導きシリーズ』の最後のボスの予測なんかして絶対盛り上がれるのに……たしか、残ってる星座は、おひつじ座と、やぎ座と、てんびん座と……あとなんだっけ?


 俺は、持ち前のゲーム脳で、おとなのおねーさんとのドライブの間をもたせていると、また武蔵むさしさんが話しかけてきた。


すすむさん、おり言ってお願いがあるのですが……」


「なんでしょう?」


「今日、一日ご一緒して、ハッキリしました。

 すすむさん、高校を卒業したら、正式にFUTAHOのマネージャーになってくれませんか?」


「え?」


「今日の二帆ふたほを見てハッキリしました。

 やっぱり、二帆ふたほすすむさんにだれよりもなついている。

 これからどんどん二帆ふたほも忙しくなるでしょうし、正直、私だけでは荷が重いんです。

 二帆ふたほは、本当にデリケートな娘ですから……」


「は、はあ……」


 二帆ふたほさんがデリケート??

 いやいや、デリケートな人は、普通、人前に出るときパンツを履くでしょう。

 俺が、かなり二帆ふたほさんに失礼なことを考えていると、


二帆ふたほの気持ちが本当にわかるのは、すすむさんだけだと思います。

 一乃いちのから聞きました。すすむさんは保健室登校を始めたと。

 だったら、二帆ふたほの気持ちがわかると思うんです」


「え? どういうことです?」


「? 聞いてないんですか?

 二帆ふたほが、長い間だったってこと」


 え? どういうこと??

 あの、二帆ふたほさんがひきこもり?

 天真爛漫を絵に描いたような二帆ふたほさんがひきこもり???


 本当に? 本当に、本当に??


 俺は、武蔵むさしさんの言葉が、信じられないでいた。



  ゼロ距離な彼女。

   第二章 ゼロ距離なカミングアウト。

 

     − 了 −


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