第82話 ゼロ距離の初体験。

 今日は、クリスマスイブ。街はお祭り騒ぎだ。

 そのお祭り騒ぎの人々が行き交うさまを、俺は、高層ホテルのスイートルームから見下ろしていた。

 遠くにはレインボーブリッジが見える。

 そしてすぐ隣には、武蔵むさしさんがいた。


すすむさん、初体験はどうでしたか?」

「はい。ちょっと怖かったですけど、武蔵むさしさんが優しくリードしてくれて助かりました」

「そう。それはよかったです」


 武蔵むさしさんはにっこりと大人びた微笑をした。

 背が低くて化粧っ気がない、まるで中学生みたいな武蔵むさしさんだけど、やっぱり年上のおねーさんなんだなって、俺は、今日一日、一緒にすごして痛感をしていた。


 俺は、そんな武蔵むさしさんにちょっと照れながら話を続ける。


のを間違えた時は、俺あせっちゃって、武蔵むさしさんに恥ずかしいところを見せちゃいました」

「ふふふ、最初はだれだってそうです。そうやって、失敗をして一人前になるんですから。じゃあ、今度は初体験ですね」

「はい」


 俺が力強くうなずくと同時に、絶世の美女が現れた。

 リハーサル終わりでシャワーを浴びて、だるんだるんのパーカーを着ている二帆ふたほさんだ。

 いや、まだスイッチを入れているからFUTAHOさんか……。


「スーちゃん、ムーちゃん、おまたせ」


 FUTAHOさんはホテルの備え付けのバスタオルで髪をわしわしと拭くと、ベットの上に座った。


「では、すすむさん、やってみましょうか」

「はい」

「頼むね、スーちゃん」


 FUTAHOさんは、俺にウインクをすると、そのままゆっくりと目を閉じた。

 俺は、ベッドに座って目を閉じている二帆ふたほさんの右どなりに浅く腰掛けると二帆ふたほさんの右手をそっとにぎった。

 そして、二帆ふたほさんの耳の匂いがかげるくらいまで近づくと、ゆっくーり、ゆったーーり、やさしーーーい声でささやきはじめた。


「きみの名前はふ・た・ほ。二帆ふたほ

 もう緊張しなくてもいい。自由になってもいい。

 FUTAHOの仮面をゆっくーーーーりと、はがしとる」


 FUTAHOさんは、目をとじたまま、ゆっくーーーーりとうなずいた。


「ふふふ……いい子だね。

 さあ、二帆ふたほ、ゲームの時間だよ。俺の合図で目覚めるんだ。

 3……2……1……」


 パチン!!


 俺が指を鳴らすと、二帆ふたほさんがゆっくりと目を開けた。


「おっはよー。スーちゃん! ムーちゃん」

「おはようございます。二帆ふたほさん!」

「おはよう二帆ふたほ


「じゃあ、本番が始まるまで、M・M・Oメリーメントオンラインであそぶのだ! さっそくふたごをぬっころすのだ!」


 俺は、二帆ふたほさんのCM撮影に同行していた。

 商品は、ママと父さんの会社で開発しているソイプロテイン。

 CMは、お台場のヴィーナスフォートをパルクールでところせましと走り回った二帆ふたほさんが、ワークアウト後に、ソイプロテインを飲むと言う内容だ。


 CM撮影の様子は、SNSで大々的に公開されていて、二帆ふたほさんは報道陣が溢れかえる中、プロのパルクールプレイヤーに、演技指導を受けていた。

 本番は深夜、施設が寝静まったあと、〝令和のヴィーナス〟がヴィーナスフォートを縦横無尽に駆け巡る。


 撮影は一回だけ、長回しの一発勝負だ。


 俺は、本番までの待ち時間の間、二帆ふたほさんの遊び相手として、M・M・Oメリーメントオンラインを遊ぶために、クリスマスイブにお台場のホテルのスイートルームにいた。ゲーミングPCも自宅から持ち込んでいる。


 今日、新しく実装された、新ボス〝ツイン=ホロスコープ〟と対戦するためだ。


 ・

 ・

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 童顔のニコニコ笑顔で田戸蔵たどくらさんを見送った武蔵さんは、ニコニコ笑顔のまま俺に向かってトンデモない事を言った。


「ねえ、すすむさん。今年のクリスマスイブ、私と一緒に過ごしてくれませんか?」


「え!? えぇええぇぇーーー!?」


すすむさんに、二帆ふたほさんのアシスタントをしてもらいたいんです」


 俺は、武蔵むさしさんから、二帆ふたほさんが、クリスマスイブに泊まりがけのCM撮影を行う話を聞いた。


 あまりに長丁場だから、リハーサルと本番の間に一度FUTAHOスイッチを切って、M・M・Oメリーメントオンラインを遊んでリフレッシュさせてあげたいとのことだった。


「いーなー! 二帆ふたほさんのCM撮影の現場に立ち会えるなんて! しかもクリスマスイブにお台場でスイートルームにお泊まりだなんて!」


 三月みつきは口をとがらせてリスのようなまんまるのほっぺたをぷっくりさせる。

 すると一乃いちのさんが三月みつきのあたまを『いいこいいこ』しながら、ゆったりのんびり、癒しオーラ全開の口調で三月みつきをなだめた。


「まーまー、十六夜いざよいさんー。わたしたちはー、わたしたちで楽しもう? 十津川とつがわ先輩たちを読んでー、クリスマスパーティー!」


「あ、それ、いいですね! だってアタシまだ、十津川とつがわさんたちに聞きたいこと沢山あるんです!! だってアタシの絵、まだまだ全然へたっぴだから!」


「そんなことないよー、十六夜いざよいさんの絵、かわいーよー!」


「いやいや、背景の話です! アタシは、『信長のおねーさん』のアシスタントでもあるんですよ!! 早く一人前にならないと!!」


「うふふー、頼りにしてるよー、十五夜うさぎ!」


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 ・



 三月みつきが、一乃いちのさん、いや雨野あめのうずめ先生の正式なアシスタントになったとき、俺も、二帆ふたほさんのアシスタントをやることになった。

 アシスタントといっても、することは家にいる時とおんなじ、二帆ふたほさんとM・M・Oメリーメントオンラインゲームを一緒に遊ぶことだけど。




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