第81話 妥協ゼロのマネジメント。

 打ち合わせの結果、田戸蔵たどくらさんから打診された月産40ページを了承した一乃いちのさんだったけど、矢澤やざわって編集長から、回らないお寿司をおごってもらってご機嫌で帰ってきた武蔵むさしさんにこってり怒られた。

矢澤やざわって編集長と飲み比べをして、酔いつぶしたあと、引き返してきたらしい)


「だーかーら! 一乃いちのはなんで自分の限界ギリギリまで仕事をしたがるの!」

「えー、だって、読みたいでしょ? やえと勝三郎かつさぶろうの5年後のお話」

「そりゃ、ボクだって読みたいけど! それで無理したら今回の二の舞になるじゃない!」


 武蔵むさしさんは、ちょっとだけ顔が赤くなって、口調もちょっとフランクになっている。俺に話しかけるような、いつものていねいな口調じゃない。

 でも、これが普段、大学生の同級生の一乃いちのさんや、十津川とつがわさんたちとおしゃべりする時の武蔵むさしさんなのかもしれない。


 武蔵むさしさんは、田戸蔵たどくらさんのことを「キッ!」とにらみつけると、


雨野あめの先生の限界は、月産30ページです!」


 と、ピシャリと言い放った。


「今後、アニメの設定画のチェックや版権確認とかも入ってくるんですよ! 増刊は確かに魅力ですが、アニメは来年の秋放送です! 連載開始はそのタイミングに合わせるべきでしょう!! それまでに描きだめをするべきです!」


「た、確かに……」


 田戸蔵たどくらさんは、コーヒーのシミだらけのジャケットからスマホを取り出して、スケジュールを確認する。


「あと、三月みつきさん……いや、十五夜じゅうごや先生の契約も、私の会社で行います。第一、十五夜じゅうごや先生はまだ学生です。まずは親御さんの説得をしなければいけません!」


「た、確かに……」


 田戸蔵たどくらさんは、ジャケットをふいたシミだらけのハンカチで、冷や汗をふいている。


田戸蔵たどくらさんの編集者としての才能は、『信長のおねーさん』のヒットで十分すぎるくらい信頼しております。間違いなく一流の編集者だと思います。

 ですが、マネジメント、作家を守ることに対しては、少々ガードが甘すぎます!

 だからあんなパワハラ・セクハラ・クチャハラ3点セットの脳なし編集長にいいように使われるんですよ!!」


「た、確かに……」


 武蔵むさしさんの忖度なしの評価に、田戸蔵たどくらさんはタジタジだった。


「あ、でも、作品のアイディアに関しては遠慮なくおっしゃってくださいね。雨野あめの先生と、十五夜じゅうごや先生のクリエイティブ面のサポートは、田戸蔵たどくらさんに全面的にお任せしますので! マネジメント面は私、クリエイト面は田戸蔵たどくらさん。二人三脚で、『信長のおねーさん』をもりあげましょう!」


 そう言うと、武蔵むさしさんは、田戸蔵たどくらさんの両手を「ギュ!」っとにぎって、これ以上ないくらいの異常なくらいの明るいスマイルと声のトーンで、


「た・よ・り・に・し・て・ま・す・ね(ニコッ)」


 と、言った。


「は、はい! よろしくお願いします! 武蔵むさしさん!」


 田戸蔵たどくらさんは、ちょっとうわずった、でもとても力強い声で、武蔵むさしさんの手をにぎりかえして返事をした。

(どことなく目がハートマークになっている気がしないでもない)


 あの武蔵むさしさんの、童顔なニッコリ笑顔でお願いされちゃったら、断れる男の人いないんじゃないかな。


 武蔵むさしさん……おそるべし!



「では、十五夜じゅうごや先生の親御さんへの挨拶は、後ほど改めて……」

「は、はい!」

「わたしもー同席しますのでー」


 俺は、三月みつき、それから一乃いちのさんと、足取り軽く帰路へと着く田戸蔵たどくらさんを玄関まで見送った。

 武蔵むさしさんも、童顔のニコニコ笑顔で田戸蔵たどくらさんを見送った。そしてそのニコニコ笑顔のまま俺に向かってトンデモない事を言った。


「ねえ、すすむさん。今年のクリスマスイブ、私と一緒に過ごしてくれませんか?」


「え!? えぇええぇぇーーー!?」

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