第79話 ゼロ距離のご対面。

「でもー、せっかくだから、もう一本スピンオフ企画がほしいかなー……」


 一乃いちのさんの言葉に、編集の田戸蔵たどくらさんが食いついた。


「なにか、お考えが?」


「はいー。私以外の作家さんの4コマ漫画なんかどうかなーって。

 ほら、良くあるじゃないですかー」


 一乃いちのさんの提案に、田戸蔵たどくらさんの顔が曇る。

 

「うーん、確かに定番なんですけど……『信長のおねーさん』はコメディですから、よほどセンスのある作家さんじゃないと難しいかな……と。

 あと、一番人気の勝三郎かつさぶろうって、結構繊細というか絶妙な立ち位置のキャラクターなんで、それを再現できる作家さんとなると……心当たりがいないんですよね……」


「じゃあー。わたしが推薦するかたちでー」


「ひょっとして、お心当たりが?」


「はい! ちょっと呼んできますねー」


 そう言うと、一乃いちのさんはニコニコしながら、リビングを写しているモニターからフレームアウトした。

 そして、一乃いちのさんの部屋、兼、仕事部屋に現れた。


十六夜いざよいさーん、ちょっとお願いがあるんだけど」


 そう言うと、一乃いちのさんは、三月みつきの手を捕まえて、タブレットPCを持ってすぐさま2階へと上がっていった。

 リビングを移すモニターには、三月みつき一乃いちのさんがフレームインする。


「こちら、わたしのアシスタントをしてくれている、十六夜いざよい三月みつきさんでーす」


荻奈雨おぎなう先生! ア、アシスタントなんて、そ、そんな! アタシ、ほんのちょっと原稿をお手伝いしただけですよ!!」


 三月みつきは、いきなり『月刊はなとちる』の編集さんの前につれてこられて、テンパりまくっている。

 そりゃそうだ。『月刊はなとちる』は、三月みつきが漫画賞に応募している、憧れの雑誌なんだもの。


荻奈雨おぎなう? ……ひょっとして、雨野あめの先生の勤めている学校の生徒さんですか?」


「はいー。今月からアシスタントをしてもらっているんですー。田戸蔵たどくらさんに、十六夜いざよいさんの作品をみてもらいたいなーって。『信長のおねーさん』の4コマ漫画なんですー」


「え、えええ! ひょっとして、冬コミの原稿ですか! そ、そそそそんな、恐れ多いです!!」


 しどろもどろの三月みつきを華麗にスルーして、一乃いちのさんは、田戸蔵たどくらさんにタブレットを差し出す。


「ほう。面白そうだ、拝見してみます」


 田戸蔵たどくらさん、口ではああいっているけど、ちょっと困り顔だ。そりゃそうだ。実力もわからない女子高生の同人誌なんだもん。『月刊はなとちる』の漫画賞に初めて描いた漫画が落選した、ほとんど素人の女子高生の漫画なんだもん。


 でも、


 タブレットを持った途端、田戸蔵たどくらさんの表情が一変した。


「ん、君、ひょっとして、〝十五夜じゅうごやうさぎ〟さん?」


「え! あ、はい! アタシのペンネームです」


「驚いた! まさか十五夜じゅうごやさんが、雨野あめの先生のアシスタントだなんて。十五夜じゅうごやさんの作品、うちの漫画賞の最終選考まで残ったんですよ」


「えええ! そうなんですか!」

「さすがー、見る目ありますねー」


 三月みつきと、一乃いちのさんは、完全に正反対のリアクションだ。


「みどころはあるなと思ったんですが……いかんせん、ヒロインのお相手の男の子が、『信長のおねーさん』の勝三郎かつさぶろうに似すぎていて、これはさすがに影響を受けすぎだろうってことで、選外になったんです」


「そうだったんですねー。確かにそっくりですものねー」


 一乃いちのさんがものすごく納得している。

(そうなんだ……俺は読んでないからサッパリだけど)


「でも、物語はすごく魅力的で、担当をつけた方がいいんじゃないかって話し合っていたんです。で、今月の〝はなちる〟発売後、ご連絡をさしあげようかと……」


「ええええ!? 本当ですか!?」


「はい。私が担当に立候補したので、挨拶がはぶけましたね。

 はじめまして。田戸蔵たどくら小次郎こじろうです。

 よろしくおねがいします〝十五夜じゅうごやうさぎ〟さん」


「ア、アアア、アタシに〝はなちる〟の担当さん? しししかも雨野あめの先生の……」


「それじゃ、さっそく、作品を拝見しますね」


「ひゃ、ひゃい!!」


 モニター越しにも、三月みつきの緊張がわかる。

 田戸蔵たどくらさんは、タブレットに目を落とすと、途端に真剣な顔つきになる。そして、ものすごいスピードで三月みつきの漫画を読むと、ダンディなヒゲをさすりながら、いきなり物凄い形相ぎょうそうで考え始めた。


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


「あ、あの……」


 沈黙に耐えられなくなった三月みつき田戸蔵たどくらさんに声をかけると、田戸蔵たどくらさんはちょっと興奮気味に話し始めた。


「面白いですよ! これ! めちゃくちゃ面白いですよ!!

 とくに、やえが〝福わらい〟に夢中になって太ももがあらわになっているところを、のぞき込もうとする信長と、必死で止めようとする勝三郎かつさぶろうのネタが最高だ!」


「ですよねー、そのあとの、やえがご褒美で『いいこいいこ』しようとしたときの『ちょ、やめるでござる!』は最高にきゅんきゅんきますよねー」


「いやー、これはすごいな、信長と勝三郎かつさぶろうとやえの微妙な三角関係をここまで見事に表現できるなんて、スゴイ! 本当にスゴイ!!

 十五夜じゅうごやさん! これ、すぐに会議にかけてもいいですか!」


「え? あ、ひゃ、ひゃい!」


「ページ数は……あ、まだ学生さんですよね……とりあえず増刊で7ページ載せて評判が良ければ本誌との同時連載をして……ああ、興奮してきた!」


 田戸蔵たどくらさんは、めっちゃダンディな声で、十五夜じゅうごやうさぎの漫画家デビューの算段をかんがえている。


「あ、その前に、改めてご挨拶ですね!」


 そう言うと、田戸蔵たどくらさんは、素早く名刺を取り出して、三月みつきにお辞儀をしながら差し出した、


「はじめまして、の担当をつとめます。田戸蔵たどくら小次郎こじろうです。よろしくお願いします」


「え、あ、ひゃい!!」


 三月みつきは、言われるがまま名刺を受け取る。そしてしばらく名刺をながめた三月みつきが発した言葉は、意外なものだった。


「あ、あの……田戸蔵たどくらさんって、ひょっとして〝ながしのアルコ〟ですか? M・M・Oメリーメントオンラインの」


「え!? な、何故ですか?」


「だってほら、名刺にある田戸蔵たどくらさんのローマ字表記、

  TADOKURA(タドクラ)を逆さまに読むと

  ARUKODAT(アルコダット)ですよね。

 おととい、一緒にパーティー組んだ時の〝アルコダット〟さんと声がすごく似ていたし」


「な、なんだってーー!!」

「にゃ、にゃんだってー!!」


 俺と二帆ふたほさんは、モニター越しに思わず声を上げた。確かに、どっかで聞いたことある声だと思ったけど、まさか一乃いちのさんの担当さんだなんて。


 あ、でも、〝流しのアルコ〟、最近〝よろず〟がM・M・Oメリーメントオンラインを遊んでいないの、心配してたっけ……。


 俺が、グルグルといろんなことを考えていると、


 バタン!


 勢いよくドアが閉まる音がして、ドタドタと階段を上がる音がする。

 そして、唐突に二帆ふたほさんが、2階のリビングを移すモニターに現れた。


「アーちゃん、打ち合わせが終わったら、フーちゃんと一緒にM・M・Oメリーメントオンラインを遊ぶのだ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る