第78話 100%本音のうちあわせ。

 プルルル……プルルル。


「はいはい、あ、武蔵むさしさん? え? これから編集長とお食事?

 りょーかい。テキトーにあしらって、製作委員会のキーマン探ってちょーだい。はい。はい。よろしくね♪」


 ピッ


 ママは、武蔵むさしさんとの電話を切ると、スマホを胸ポケットにしまって、メガネをすちゃとかまえた。


「さてと、どーでもいい編集長のことは武蔵さんにおまかせして、問題はこの田戸蔵たどくらって人よね。一乃いちのに月産60ページを要求してきた理由を教えてもらおうかしら」


 モニターの前では、田戸蔵たどくらさんが、改めて一乃いちのさんに頭をさげていた。


「申し訳ありません。矢澤やざわが大変な無礼を……」


「そんなーいいですよー」


「マネージャーさん、大丈夫ですかね。矢澤やざわと二人っきりにさせて」


「そこのところは、多分ー、大丈夫だと思います。ムーちゃんのガード硬さは天下一品なんでー」


「そういえば、タレント事務所を経営なさっているんですよね」


「はい、妹とー、父のマネジメントをお願いしていますー」


「妹さんって……まさか……」


「はい、FUTAHOですよー」


「やっぱり!!」


「ムーちゃんは凄腕マネージャーなんですー」


「ははは、それは編集長なんかじゃ太刀打ちできるわけないか」


 一乃いちのさんは、語尾をのばしたゆっくりほんわかモードの口調に戻っていた。田戸蔵たどくらってとってもダンディな声の編集者もどこかリラックスしている口調だ。


「さてと、邪魔者がいなくなったところで、雨野あめの先生に改めてお聞きしたいことがあります」

「はい? なんでしょー?」


「先生はなぜ、養護教諭のお仕事にこだわっておられるのですか?

 編集部の意向もありますが、私としても、雨野あめの先生には、月産60ページを執筆していただきたいと考えております。これは、私の心からのです。

 ですから知りたいのです。雨野あめの先生のをお聞かせ願えませんか?」


 田戸蔵たどくらさんは、とってもダンディな声で、一乃いちのさんの目を真っ直ぐ見て質問をした。

 矢澤やざわって言う編集長と違う。この人は、本当に『信長のおねーさん』、そして一乃いちのさんに誠実に向き合っているって気がする。

 そんな田戸蔵たどくらさんに、一乃いちのさんはぽつりぽつりと話をはじめた。


「……わたしの学校に、いま保健室登校をしている生徒がいるんです。

 せめて、その生徒が卒業するまでは、養護教諭をつづけたい。これがです」


「本当に、それだけですか?」


「はい」


「ひょっとして、その生徒は、一年前から保健室登校を始めた生徒じゃないですか?」


「え?」


「やっぱりそうか……その少年が勝三郎かつさぶろうのモデルですね?」


「は、はい! でも、どうしてそれを?」


勝三郎かつさぶろうにリアリティがあるからです。というか、勝三郎かつさぶろうからは、雨野あめの先生のを感じますので」


「えっ!? あ、あああ愛ってそんな! で、でも確かにとっても大事な生徒なのは間違い無いです」


「なるほど、得心しました。これではもう、雨野あめの先生に養護教諭を辞めてくださいとは口がさけても言えませんね。

 なにせ、『信長のおねーさん』のヒットの源泉は、その生徒にあるんですから。

 あ、ちなみに三ヶ月ほど前から勝三郎かつさぶろうのキャラがさらにイキイキしてきた気がするのですが、なにかありました?」


「そ、そそんな、なんにもないですってば!!」


「ああっと、失礼。我ながら無粋な質問でした。これでは編集長と同じ穴のむじなだ。本当に申し訳ない」


 焦りまくっている一乃いちのさんに、田戸蔵たどくらさんは平謝りをした。


「それでは、本題に入りましょう。

 雨野あめの先生、養護教諭をつづけつつ、無理のない執筆となると、月産何ページくらいになりますか?」


「そうですねー。やっぱり多くても月産40かなーって思いますー。

 あ、でも、カラー原稿は多めに受けることができますよー。大学の先輩が専任でアシスタントしてくれることになったのでー。先輩、わたしなんかより全然カラー原稿得意ですからー」


「なるほど、では、私共の都合をご説明します。

 さきほど、矢澤やざわが今後の展開で信長の天下取りを描けと言いましたが、あれ、実は矢澤やざわ発端の意見ではないんです」


「え? そうなんですかー?」


「はい。製作委員会からあがった意見です。『信長のおねーさん』に、もう少し歴史的なエピソードを入れ込むことはできないか……と。

『信長のおねーさん』は男性人気も高いですし、そう言った要素を入れることでより多くのターゲットにリーチできないかという意見です」


「んー、おっしゃることはわかりますが、今のコメディ路線とは相性悪く無いですかー?」


「私も同意見です。ですので、増刊の方で現在の『信長のおねーさん』から二、三年後年後の話を描くのはどうかと」


「信長の正室に、斎藤道三さいとうどうさんの娘……帰蝶きちょうが来たころですねー?」


「はい。そこから、桶狭間の戦いまでに至る信長の歴史を、勝三郎かつさぶろうとやえの視点から描くのはどうかと」


「んー。楽しそうですけど……でもー、ストーリー漫画だと、一話30……40ページは欲しいかもー……」


「はい、ですから、本編を今まで通り17ページ、増刊を短期集中連載で41ページを打診したいと思ったんです……うーん、やっぱり難しいですよねぇ」


 田戸蔵たどくらさんは、腕を組んで考え込んでいる。


 俺は思った。なにそれ? なにその面白そうな話!!

 読みたい、絶対に読みたい!

 特に、信長にふりまわされる、おてんば姫の帰蝶きちょうをやえさんがほんわかサポートする話なんて考えただけでもワクワクする。


「うーん……面白そうだし隔月なら描いてみたいかもですー」


 一乃いちのさんはぽっぺたに指をあてて考え込んでいる。


「でもー、せっかくだから、もう一本スピンオフ企画がほしいかなー……」


 一乃いちのさんはにっこりと微笑んで、ある提案をした。

 その提案は、ちょっと想像がつかない、とんでもないモノだった。

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