第74話 睡眠時間ゼロのプロフェッショナル。

 今は、日曜日の朝6時。『信長のおねーさん』の原稿入稿の締切間際だ。

 俺は、いつもよりちょっとだけ朝寝坊して、今は、ケトルでお湯を沸かしている。

 原稿の追い込みで頑張っている、一乃いちのさんと、武蔵むさしさんに差し入れをするためだ。


 大増40ページの『信長のおねーさん』の原稿を仕上げるために、金曜日と土曜日は、本当に総力戦って感じだった。


 リモートで作業するプロアシの十津川とつがわさんの指示のもと、一乃さんと、二帆ふたほさんのマネージャー業務を終えたあとのヘルプで手伝ってくれている武蔵むさしさん。おなじくヘルプで、リモート作業する九条くじょうさんと七瀬ななせさん、そして、『月刊はなとちる』の漫画賞に応募している三月みつきもアシスタントに加わって、全員総出で原稿に取り掛かっていた。


 高校生の三月みつきは、さすがに9時まえには家まで送り届けたけど、きっと一乃いちのさんと武蔵むさしさんは、今日も夜通し頑張っていたはずだ。


 絵なんてアンパンマンくらいしか描けない俺は、完全に出る幕なんてない。できることといったら、二帆ふたほさんと一緒に、M・M・Oメリーメントオンラインで、一乃いちのさんの〝よろず〟や、三月みつきの〝マーチ〟のために、欲しい素材を集めてあげることと、こうして今、一乃いちのさんのブレンドした健康に良さそうなハーブティーを淹れて、差し入れにお茶菓子をもっていくことくらいだった。

(お茶菓子は武蔵むさしさんがテレビ局からもらってきたお土産だ)


 俺は、お盆にケトルとティーポットとお茶請けのお菓子を乗せると、階段を降りて1階にある一乃いちのさんの部屋、兼、仕事部屋のドアをノックする。


 コンコン


一乃いちのさん?」


 ……返事がない。


 コンコン


一乃いちのさん? 入りますよ」


 ガチャリ


 返事はなかったけど、俺は、一乃いちのさんの部屋、兼、仕事部屋を開けた。

 部屋の中は静かで、ほんの少しだけ、ふたり分の寝息が聞こえてくる。

 寝息が聞こえる方を見ると、ベッドで一乃いちのさんと武蔵むさしさんは眠っていた。


 仮眠かな?


 シングルベッドに、ふたりよりそって……というより抱き合って……というより、武蔵むさしさんが、一乃いちのさんの豊かな低反発おっぱいに顔をうずめて眠っていた。


「むにゃ、福島名物『白土屋菓子店』のジャンボシュー……こっちは長崎の『蜂の屋』だぁ……」


 武蔵むさしさんは、とても幸せそうにおっぱいに抱きついている。完全に夢のなかの住人だ。

 普段はめちゃくちゃしっかりしている武蔵むさしさんだけど、眠っている姿はまるでお母さんに甘える小学生みたいだ。

 

 俺は、静かにお盆を置いて、部屋を去ろうとすると、


「んきゃ、すすむくん、おはヨーロッパ」


一乃いちのさんの作業デスクから、おとぼけた挨拶が聞こえてきた。


「おはようございます」


 俺は、一乃いちのさんの作業デスクに座ると、ZOOMの画面越しにもくもくと作業をつづけている十津川とつがわさんにあいさつをする。

 十津川とつがわさんは、今日も徹夜っぽい。一昨日も昨日も一睡もしていないらしい。とんでもない集中力と体力だ。


「おはようございます。作業の方はどうですか?」

「もう、ほとんど終わっているよ。いちのんと武蔵むさしは午後から打ち合わせがあるから早めに眠ってもらった。

 残りの作業は、ワタシと九条くじょう七瀬ななせでかたづけて、さいごににチェックをもらう予定だよん」


 十津川とつがわさんは、器用にいちのんと雨野あめの先生という呼称を使い分けていた。作業は十津川とつがわさんが仕切るけど、最終チェックは一乃いちのさんの許可を得ると言うことなんだと思う。

 さすが、プロのアシスタントさん、自分の仕事の両分をきっちりとわきまえているプロフェッショナルだ。


 俺は、ZOOMの画面を見ながら思ったことを言った。


九条くじょうさんと七瀬ななせさんが見当たらないんですけど」

「んきゃ、ふたりはお風呂。さっきまで仮眠をとってもらってたから電話して起こした。あいつらは、武蔵むさしからをもらったんだ。コッテリ働いてもらわないとねぇ!」


 九条くじょうさんと七瀬ななせさんのモニターには、そのが写っていた。九条くじょうさんの画面には、テレビ局のお天気マスコット〝はれじろー〟の巨大ぬいぐるみ。七瀬ななせさんの画面にはお天気おじさんの〝日原ひはらさん〟のサインだ。きっちり、『七瀬ななせさん』へと書かれてある。

 昨日の夕方、二帆ふたほさんが生放送で出た、ニュース番組のお天気コーナーの共演者のふたりだ。

 ニュースの後にやるバラエティの番組の番宣のために、二帆ふたほさんがスポット出演した後、武蔵むさしさんが頼み込んでゲットして、仕事帰りにシェアハウスをしているふたりの家に送り届けたらしい。


「はれじろー、お風呂上がったし!」

「……日原おじさまのために……頑張る……」


 お風呂から上がったきた九条くじょうさんと七瀬ななせさんの声が聞こえてくる。そして、モニターに表示されてあった、はれじろーの巨大ぬいぐるみと、日原ひはらおじさまのサインが「ひょい」っとどかされる。


 すると、


 そこには、フェイスタオルを首からかけて、スレンダーなおっぱいが、どうにかこうにか隠れているノーブラ九条くじょうさんと、ブラジャーはしているけど、大事な先っぽがスケスケになって全然隠れていないボリューミーなおっぱいの七瀬ななせさんが表れた。


「う、うわああ!」


 俺はたまらず目を背ける。


「おや? すすむくんオハヨー! 何? めっちゃ照れてるし」

「……わたしのおっぱい……ガン見してた……むっつりスケベ確定……」


「ちょ、やめてください!」


「んきゃーーーーーーー! 『ちょ、やめてください!』だ! たまらん!」


 十津川とつがわさんが黄色い声をあげている。


「令和版、『ちょ、やめるでござる』だし!」

「……ちがう九条くじょう……すすむくんが元ネタ……」

「これはたまらん、カワイイ! たまらん! たまらん!! いちのん、うらやま! うらやましすぎる!!」

 

 え? どういうこと?? なんで俺、こんなによろこばれているの?

 というか、勝三郎かつさぶろうの決めセリフ『ちょ、やめるでござる』の元ネタが俺? なにそれ?


 気になってモニターを見たいけど、見ちゃうと、九条くじょうさんと、七瀬ななせさんのセクシーショットがもれなく目に入ってしまう。


「と、とにかく、九条くじょうさんと七瀬ななせさん、服をきてください!!」


「わかったし!」

「……ちょっと……まて……」


 俺は、机にうつ伏せになって、九条くじょうさんと七瀬ななせさんが、服を着るのを待つ。


「準備できたし!」

「……かんぺき……」

「んきゃ! ワタシも準備オッケー!」


 ん? なんで十津川とつがわさんまで準備オッケーなんだ??

 ま、いいや。とにかく、俺は、顔を上げた。すると、


「ちょ、やめてください!!」


 そこには、フェイスタオルをはずした九条くじょうさんと、スケスケのブラジャーを外した七瀬ななせさん、そしてなぜか服をぬぎさった十津川とつがわさん、三人のまるみえのもろみえのスレンダーとボリューミーとお椀型のおっぱいが映っていた。

 ZOOM画面は、6つのおっぱいでいっぱいだ。むっつりスケベの俺は、おっぱいでいっぱいいっぱいだ。


「んきゃーーーーーーーーーーーーーーーー! かわゆい!!」

「本日2回目の令和版、『ちょ、やめるでござる』アザース!!」

「……一乃いちのがクセになるの……わかる……」


 なんなの? 本当になんなの??

 このおねーさんたち、ちょっとなに言ってるかわからない!


「と、とにかく、早く原稿仕上げてください!!」


「んきゃ! 怒られちゃった! かわゆい!!」

「そんじゃ先輩、ラストスパートがんばるし!」

「……録画したから後で一乃いちのに自慢しよう……」


 まったく、心臓に悪い。

 俺は、美人おねーさん三人にもてあそばれて、朝からHPが一桁になっていた。


……原稿の追い込みでハイになってる……のかな?

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