第73話 気配りゼロのアポイント。

「じゃー先輩ー。少しの間よろしくお願いしますー」

「んきゃ! 任せときー。日曜の朝には仕上げよう! 九条くじょう七瀬ななせを徹夜でこきつかうから楽勝、楽勝!!」


 一乃いちのさんが改めて十津川とつがわさんにお願いをすると、ZOOM越しの十津川とつがわさんは、結構ブラックなことを自信満々で言い放つ。


「センパーイ、徹夜はさすがに聞いてないし!」

「……はやく……特別報酬を……よこせ……」


 九条くじょうさんと七瀬ななせさんは、ブーイングの嵐だ。

 そんなふたりに、武蔵むさしさんが、メガネをキラりんと光らせる。


九条くじょう七瀬ななせ、安心して。あなたたちの特別報酬は、明日、私が責任をもってゲットしてくるから」


「さすが武蔵むさし! マジ神!」

「……二帆ふたほちゃん……直接会えるの……ねたましい……」


 ん? 特別報酬ってなんだろう? 武蔵むさしさんがゲットできて、二帆ふたほさんは直接会える……アイドルとかのサインかな?


 俺は首を傾げながら、一乃いちのさんと三月みつき、そして武蔵むさしさんと2階へ上がった。


 2階のダイニングでは、すでに餃子ができあがっていた。水餃子と焼き餃子、それから揚げ餃子が山盛りになっている。


「おーきたきた、やっときたのだ! はいコレ、イーちゃん!!」


 そう言うと、二帆ふたほさんは、ニッコニッコのゴキゲン笑顔で『本日の主役』と書かれたタスキを一乃いちのさんの肩にかけた。


「仕事中に会社を抜け出してドンキホーテで買ってきたのさ」


 と、父さんが得意げに胸をはる。(本当にこんなんで、会社で中間管理職をやってけてるんだろうか)


「えー、ちょっとはずかしいなー」


 そう言いながらも、一乃いちのさんはまんざらでもなさそうな表情で、ダイニングテーブルのイスに座る。すると母さんがすばやく、一乃いちのさんにグラスをさしだす。


「まだ作業もあるだろうし、ノンアルコールビールで我慢してね」


 母さんが、一乃いちのさんのグラスにノンアルコールビールを注いでいるなか、パパ、ママ、父さんのグラスにはすっかり各々が飲みたいアルコールが注がれていて、俺と三月みつき、そして二帆ふたほさんと武蔵むさしさんも烏龍茶をコップにそそいでいる。


 みんなが飲み物を注ぎ終わると、レモンサワーのグラスを持った父さんが「コホン」と気取ってせきばらいをして席を立つ。


「それじゃあ! 一乃いちのちゃんの『信長のおねーさん』のアニメ化を祝して! カンパ……」


 プルルルル、プルルルル。


 父さんが乾杯の音頭を言い終わる寸前、水を指すような電話の呼び出し音が鳴った。

 一乃いちのさんが、慌ててスマホを取り出す。


「ごめんなさいー。編集さんからお電話ー。多分、原稿の進捗を聞きたいんだと思うのー、でてもいい??」


「どうぞ、どうぞ、どうぞ!」

「どうぞ、どうぞ、どうぞ!」

「どうぞ、どうぞ、どうぞ!」

「どうぞ、どうぞ、どうぞ!」

「どうぞ、どうぞ、どうぞ!」

「どうぞ、どうぞ、どうぞ!」

「どうぞ、どうぞ、どうぞ!」

「どうぞ、どうぞ、どうぞ!」


 流石に「聞いてないよー!」とは言えない俺たちは、一乃いちのさんに手のひらを差し出して電話を優先してもらう。


「はい! 雨野あめのですー。あー田戸蔵たどくらさんー。

 お世話になってますー。

 はいー。漫研時代の親友にヘルプに入っていただいてー。

 なんとか日曜日の午前中にはー」


 十津川とつがわさんたちに、手伝ってもらって、締切のメドがついたからだろう。

 一乃いちのさんは、いつもの、語尾をのばした明るくのんび〜りとした癒しオーラ全開の口調で話していた。


 でも……


「ですからー、それはもうお断りを……。

 …………………………………………。

 ええ! そ、そんな!

 …………………………………………。

 は、はい……はい……わかりました。お待ちしております……」


 ピッ!


 電話を切るころには、一乃いちのさんからは笑顔が失われていて、口調もすっかり変わっていた。


「どうしました、一乃いちの?」


 一乃いちのさんの変化を素早く察した武蔵むさしさんが、一乃いちのさんにたずねた。


田戸蔵たどくらさん、『信長のおねーさん』をアニメ化するには、条件があるって上から言われたみたいなの!

 本誌と増刊の同時連載で最低月産60ページ。

 それができないなら、すぐに養護教諭をやめてくださいって……そのことで話がしたいから、日曜日に編集長と一緒に家にくるって……どうしよう」

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