第72話 ゼロ距離なアシスタント。

 俺と三月みつきが餃子のあんを包み終えた頃、母さんはメインのレバニラ炒めと、トマトと卵の炒め物と、そして棒棒鶏バンバンジーを作り終えて、ダイニングテーブルの上に乗せていた。


「ただいまー」

「ただいまー」

「ただいまー」


 会社から帰ったママと父さん、そして駅前のジムのトレーナーの仕事を終えたパパがリビングへとやってきた。


「お、今日は餃子パーティーか! 父さんも包むの手伝いたかったな」

「パパと二帆ふたほには、棒棒鶏バンバンジーもうれしいね。二帆ふたほは胡麻ダレじゃないと渋りそうだけど」


 父さんとパパがのん気に晩御飯の感想を言っている中、ママは、ツカツカと僕と三月みつきの前にやってきて、真面目な声で話しかけてきた。


「ごめんなさいね。一乃いちのの仕事、秘密にしていて……ふたりとも、一乃いちのの漫画の大ファンだったのに」


「そ、そんなことないよ」

「確かに、ちょっとびっくりしましたけど」


 俺と三月みつきは、素直な感想を述べる。


一乃いちのにも考えがあったみたい。だから、悪いけどこのことは他言無用でおねがいね」


「もちろんです!」

「もちろんです!」


 俺と三月みつきが、ママに向かって声をそろえて返事をすると、今度はキッチンのコンロで餃子を焼いている母さんが、俺たちに話しかけてきた。


すすむ三月みつきちゃん、そろそろ餃子が焼きあがるから、1階にいる一乃いちのちゃんと武蔵むさしさんを呼んできてくれない?」


「わかったよ」

「わかりました」


 俺と三月みつきは、1階にある一乃いちのさんの部屋、兼、仕事場に向かう。

 俺は、なんだか緊張していた。今日、朝の6時過ぎまで起きてマンガの原稿の作業をしていたんだ。きっと、今も修羅場モードに違いない。俺と三月みつきは、おそるおそる、ドアをノックした。


 コンコン


「はいはいー、開いてマンボー」


 部屋の奥から、のんびりゆったり、いつもの癒しモードの一乃いちのさんの声が聞こえてきた。しかも二帆ふたほさんみたいな、おとぼけた返答だ。あと、なんだろう。ドアの向こうがなんだか賑やかな気がする。


「入りますね」


 俺は、ドアをそうっと開けた。すると、


「あはははははははー、くるしー。クーちゃん、なに? その耽美な勝三郎かつさぶろう!!」

「うけるっしょ? 仕事の合間に、腕慣らしで描いてたし!」

「……クーちゃん……全然仕事しない……夢中になって描いてた……七瀬ななせ……笑いこらえるの大変……」

「あはははははははー。耽美全開で『ちょ、やめるでござる!』は、ずるいってー」


 って、作業デスクに座って大笑いしている一乃いちのさんと、テレビの前のローデスクに座ってうつむいて黙々と作業をしている(でも必死で笑いをこらえて肩をふるわせている)武蔵むさしさんがいた。


 一乃いちのさんたちは、タブレットで原稿作業をしつつ、ZOOMでおしゃべりしながら作業をしていた。

 一乃いちのさんは、楽しそうに会話をしているけど、手元はずっと動いている。

武蔵むさしさんも必死に笑いをこらえながら手元はずっと動いている)


 なんだか、めっちゃなごやかだ。


一乃いちのさん、晩御飯ができたって」


 俺が一乃いちのさんに話しかけると、一乃いちのさんは、ZOOMに向かって手を合わせながら、


「ごめーん、わたし、ちょっと抜けてきてもいい?」


 と頭を下げた。


「全然オッケー! てかもう〝いちのん〟には仕上を手伝ってもらってるだけだし。それより紹介してよ。勝三郎かつさぶろうのモデルになった、カワイイカワイイ弟君をさ!」


 え? どういうこと??


「あわわー、せ、先輩、それは秘密なんですからー」


 一乃いちのさんが慌てふためいている。てゆうか、俺が勝三郎かつさぶろうのモデルってどういうこと??

 『信長のおねーさん』の主人公、〝やえ〟さんの弟で、信長の弟分の勝三郎かつさぶろうのモデルってどういうこと??


 状況がわからず俺がオタオタしていると、いつのまにか俺の横に武蔵むさしさんがいた。武蔵むさしさんは俺の手を取って作業台にしていたローテーブルの前に俺を座らせた。


一乃いちの……いや、雨野あめの先生のアシスタントの皆さんです。あいさつしてください。

 チーフとして専任でアシスタントをしてくれる十津川とつがわ先輩。あと、ヘルプで入ってくれている、九条くじょう七瀬ななせです」


 そういって、武蔵むさしさんはノートPCのZOOM画面を指差した。


 ZOOM画面には、俺と一乃いちのさんの他に、三人の美人のおねーさんが写っている。

 赤毛のお団子あたまをしているのが一乃さんの先輩の十津川とつがわさんで、白髪セミロングで毛先が緑色なのが同級生の九条さん、黒髪前髪パッツンの縦ロールが同じく同級生の七瀬さん……だと思う。


 俺は武蔵さんに言われるがまま、ZOOMに向かってあいさつをした。


「は、はじめまして。かぞえすすむ。高二です」


「わーこの子かぁ」

「ヤベ、めちゃカワイイし!」

「……一乃いちのがまもりたくなるの……わかる……」


 な、なんだ、なんだ? ZOOM画面には、キャッキャとはしゃぐおねーさん3人と、顔を真っ赤にしてうつむいている一乃いちのさんが映っている。


 武蔵むさしさんは、三月みつきもローデスクに座らせた。ZOOM画面には、俺と三月みつきが、ピッタリと密着して映っている。


「さ、三月みつきさんもごあいさつを」


「はじめまして、十六夜いざよい三月みつきです。すすむとは幼馴染です」


「んきゃーーーー! カワユイ!」

「なんてういういしいカップル!! うらやま!」

「そうそう! そうなのー。ホントにそうなのー」

「…………きゅんきゅんする」


「た、ただの幼馴染です!!」

「た、ただの幼馴染です!!」


 俺と三月みつきが慌てて否定すると、


「んきゃーーーー! 甘酢っぱい!」

「マジか! ホントに実在するんだ! 幼馴染の友達以上、恋人未満!!」

「そうそう! そうなのそうなのー。うらやましいよねー」

「……リア充……爆発しろ……」


 ZOOM画面にはキャッキャとはしゃぐ3人のおねーさんに、一乃いちのさんも加わってなんだかめちゃくちゃ盛り上がっていて、ポカンとしている俺と三月みつきも映っている。


 うん。確か今、漫画原稿の締切前の修羅場だよね。

 何? この女子会ムード。


 俺は、美人おねーさんにリモートで囲まれて、ただただ愛想笑いをするしかなかった。

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