第61話 洞察力ゼロの勘違い。

 俺と三月みつきは、開けっ放しになっている、一乃いちのさんの部屋をのぞいた。そこには、ベットの上であぐらをかいている二帆ふたほさんと、電話をかけている武蔵むさしさんがいた。


十津川とつがわ先輩、ご無沙汰してます。武蔵むさしです。実は先輩におり言ってお願いがありまして……」


 武蔵むさしさんは、俺たちと目があうと、軽く会釈をして、電話で話しながら外へと出て行った。


 一乃いちのさんの部屋にはいるのは初めてだ。部屋は随分と広い。俺と二帆ふたほさんの部屋の倍近く、パパのトレーニングジムくらいの広さがあった。


 部屋には、壁一面に本棚があって、机には、ふだんゲームでつかっているハイスペックなタブレットが置いてあって、机の前にいくつかの張り紙があった。『信長のおねーさん』のキャラクター表だ。トーンの濃度とか、着物の柄に対するメモとかが、細かく指定されてある。


 その張り紙を見て三月みつきが声をあげた。


「やっぱり! 荻奈雨おぎなう先生、冬コミに出るんだ!

 『信長のおねーさん』本作るんだ!

 だから原稿が忙しくて、最近寝不足だったんだ!」


 …………。


 うん。リアクションに困る。でも、ぶっちゃけ三月みつきのリアクションが普通だと思う。俺だって、さっき編集部からの手紙を読まなかったら、三月みつきとおんなじ勘違いをしていたと思う。


「そっかー! 先生も『信長のおねーさん』好きなんだ!

 身近に同士がいると本当に心強いよ!! 

 会場で本交換してもらおうっと!!」


 …………。


 うん。リアクションに困る。本当に困る。

 興奮して、俺には秘密にしているはずの、冬コミに向けて信長×勝三郎かつさぶろう本を描いていることもぶっちゃけてしまっている。


 俺が、三月みつきに対するリアクションにほとほと困っていると、二帆ふたほさんが、首を傾げながら口を開いた。


「冬コミ? イーちゃん、冬コミに出るの?」

「え! 違うんですか?」

「うん。そんなこと聞いてない。イーちゃんは昔は同人誌をつくってたけど、今はつくってないのだ」

「え? あ、でも、このキャラクター表……本物だ! 雨野先生の画風そのまんまだ! え? え?? ということは……ひょっとして……」


 三月みつきは気がついてしまったみたいだ。俺は、どう切り出そうか考えていると。


荻奈雨おぎなう先生、雨野あめのうずめ先生のアシスタントやってたんだ!!」


 …………。


 うん。リアクションに困る。本当に本当に困る。俺は覚悟した。覚悟して三月みつきに事実を伝えることにした。


「そうじゃないよ、三月みつき雨野あめのうずめは、一乃いちのさんのペンネーム。『信長のおねーさん』は一乃いちのさんが描いているんだ」


「ええええええええー!? ちょっと、ちょっと、大ニュースじゃない! ちょっとちょっと、すすむ! なんで今まで教えてくれなかったのよ!!」


「い、いや俺もついさっき知ったばっかりで……」


 俺がしどろもどろになっていると、


一乃いちのは、すすむさんにも秘密にしていたんです」


 って、電話から戻ってきた武蔵むさしさんが助け舟を出してくれた。


「多分ですけど、すすむさんが気兼ねすると思ったのでしょう。

 すすむさんだけには内緒にしてほしいと言われてましたから」


 武蔵むさしさんの話に、二帆ふたほさんがつづく。


「イーちゃんは、ずっと言ってる。スーちゃんは自分が守るって」


 俺は、二帆ふたほさんを見た。二帆ふたほさんはFUTAHOスイッチを切っていると思う。でも、すっごく真面目な顔をしていた。


「スーちゃんが弟になる前から、イーちゃんは、ずっとスーちゃんのことが気になっていたのだ。退学になるのは、どーしても避けたいっていってたのだ」


 なんてこった。てことはひょっとして、俺が一乃いちのさんの、足をひっぱっってるってこと? 『信長のおねーさん』のアニメ化の大切な時期に、俺なんかが保健室登校しているから、学校をやめられずに足をひっぱってるってこと??


 俺は、顔から血の気が引いていくのがわかった。一乃いちのさんは、俺のせいで、養護教諭をやめられずにいるんだ……。

 俺は、血の気がひいた、でも随分とスッキリとした頭で、思ってることを口にすることにした。


「俺、学校辞めます。一乃いちのさんの負担になるなら、学校辞めます」


「バカなこと言わないで!!」


 言ったのは、一乃いちのさんだった。学校からバイクで帰ってきて、ヘルメットを脱ぎたてで「もっさもさ」の頭をした、一乃いちのさんだった。

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