第60話 遠い遠いゼロ距離の先生。

 俺は、白蓮はくれん社の封筒に入っていた手紙を読み直した。何度も何度も読み返した。


 ……え? どういうこと?? つまり、えっと……え? どういうこと??


 手書きの手紙の宛先は、〝雨野あめのうずめ先生〟って書いてある。『信長のおねーさん』の作者の雨野うずめ先生だ。

 そして、雨野あめのうずめ先生に、漫画業に専念して欲しいって書いてある。今は、養護教諭の仕事と兼任しているって書いてある。


 ……え? どういうこと?? つまり、えっと……え? どういうこと??


 俺は、白蓮はくれん社の封筒を見た。今更だけど、その宛名を見た。そこには、仁科にしな様宅、荻奈雨おぎなう一乃いちの様って書いてある。


 つまりだ。雨野あめのうずめ先生は一乃いちのさんで、俺の大好きな少女漫画『信長のおねーさん』の作者は、一乃いちのさんだってことになる。


 マジで、本当に? 本当に本当にマジで?


 だって一乃いちのさん、ふつーに毎日学校行ってるよね? 

 ふつーに母さんと一緒に、いつも晩御飯を作っているよね??

 ふつーに俺や二帆ふたほさんや三月みつきと、M・M・Oメリーメントオンライン遊んでいるよね???

 つまり、それをこなしながら、ずっと漫画家さんをやっているってこと?

 もう2年近くも連載をつづけているってこと??

 そして、今月は大増40ページの『信長のおねーさん』を掲載してるってこと???


 すごい! すごいなんてもんじゃない。とんでもない!!


 俺は知っているんだ、三月みつきが、白蓮はくれん社の漫画賞に応募した漫画は、夏休みに描きはじめて、完成するのに9月いっぱいまでかかっていたんだもの。

 今、冬コミに向けてコッソリ書いている『信長のおねーさん』の、信長×勝三郎かつさぶろうの同人誌(4コマ漫画らしい)は、先月から描き始めて、まだ完成していないんだもの。


 とんでもない! ちょっと本当に信じられない!!


 あ、でも、一乃いちのさんのM・M・Oメリーメントオンラインでのバリケーダーのプレイ方法を考えると、ちょっと納得できるかもしれない。

 タブレットとペンデバイスと左手デバイス、あれ、デジタルで描く漫画家さんも同じ方法で描いているって聞いたことがある。

 バリケーダーの神業は、漫画の技術応用だったってことか……。


 いや、それにしても、それにしてもだ!!


 大増40ページって! 普段の3倍近くある。そして手紙には今月も増ページだって書いてあった。

 どうりで最近、母さんと晩御飯を作らなくなったわけだ。

 M・M・Oメリーメントオンラインを一緒に遊ばなくなったわけだ。

 ねぼすけさんになったわけだ。


 俺は最近の一乃いちのさんを思い出しながら、まるで答え合わせをするみたいに、雨野うずめ先生の担当編集者(だと思う)田戸蔵たどくら小次郎こじろうって人の達筆の生真面目そうな文章を何度も何度も読み返した。


 そして、思った。


 一乃いちのさん、学校を辞めちゃうのかな?


 手紙には、『たくさんのファンが期待しております。待ちわびております。』って書いてある。

 すごくわかる。だって俺は、今月の大増40ページをものすごく喜んだもの。早くアニメを見れる日がくるのを待ちわびているんだもの。


 そして俺みたいに『信長のおねーさん』を待ちわびでいるファンが、たくさんいるんだもの。

 俺は、今までごくごく身近にいた一乃いちのさんが、保険の先生の荻奈雨おぎなう先生が、すごくすごく遠くにいってしまったような気がした。

 すごく遠くの、雲の上のような存在だった雨野うずめ先生と重なって、遠くへ遠くへいってしまったような気がした。


 ガチャリ!


「たっだいまー!!」

「おじゃまします」


 一階からおとぼけた声と、お真面目な声が聞こえてくる。

 二帆ふたほさんと、マネージャーの武蔵むさしさんだ。


「おかえりなさーい」


 俺が返事をすると、一階からは返事がなかった。代わりに、


「何? その手紙??」


 いつの間にか俺の隣にいた三月みつきに声をかけられた。


「な、ななななな! なんでもないよ!!」


 俺は大慌てで手紙を『月刊はなとちる』の入っていた封筒にしまいこむと、大慌てで話題を変えた。


「ふ、二帆ふたほさん、なんでリビングにあがってこないんだろう?」

「あ……そーいえば、そうだね」

「今日は、『ガンコ=ゾルディックをぬっころす!』って言いながら仕事に行ったから、てっきり速攻M・M・Oメリーメントオンラインに誘われるとおもったのに……」

「あー、なんかそんなログインボーナスあったね。新ボスが登場するって」

「うん。今日は、仕事の合間に遊ぶヒマがなかったらしいから、絶対遊びたくってムズムズしてると思ったんだけど」

「確かに。それは変だね? あ、ひょっとしてワークアウトじゃない? まだFUTAHOスイッチ切ってないとか……」


 俺たちは、家に帰ってから一向に姿を見せない二帆ふたほさん(と武蔵むさしさん)がなぜ上に上がってこないのか、ひとしきり相談をした。


 でもよくよく考えたら、直接見に行った方が早いって当たり前の結論に気がついて、一階へとおりた。

 二帆ふたほさんは、パパのパーソナルジムには居なかった。でも代わりに、一階の一乃いちのさんの部屋が開けっ放しになっていた。

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