第59話 ゼロ距離の手紙。

 俺は授業が終わると、好奇な目にさらされながら席をたった。

 その好奇な目のなか、ひとりだけ、俺がここにいる理由を知っている三月みつきに、ほんの少しめくばせをして、俺はスクールバッグを持って教室を出た。


 俺は、試験結果が張り出された廊下へと足を運ぶと、そのまま横目で自分の順位を見た。


—————————————————————————

 16位 かぞえすすむ 720点 

—————————————————————————


 悪くない。悪くないけど、正直、どうでもいい。ぶっちゃけそれどころじゃない。

 俺はまっすぐ保健室にむかった。


 コンコン


「はい」

かぞえです」

「あー。スーちゃん……」

「失礼します」


 ガラリ


 俺は、保健室のドアを開けた。保健室では、椅子に座った一乃いちのさんが出迎えてくれる。

 ゆっくり眠っていたから……ううん、多分泣いていたからだと思う。目がはれている。そして髪型は「もさっ」としたままだった。


「久々の教室どうだったー」

「うん。割と平気だった」

「そっかー、よかったー」


 俺はウソをついた。俺は、好奇の目にさらされ、〝辛酉かのととり〟を唱えて鋼鉄になった陰陽導師のように1ミリも動くことができなかったんだもの。

 でも、一乃いちのさんを安心させたくてウソをついた。


「やっぱり、期末テストの順位が気になってさ、それを見るついでに授業受けたんだ」


 ウソだ。期末テストの順位なんて、正直言ってどうでもいい。


「そっかー、そうだよねー。やっぱり気になるよねー」

「期末テストの順位は16位だったよ!!」

「本当ー? すごいすごいー!」

「うん、めちゃくちゃ嬉しい!!」


 ウソだ。別に、テストの結果は嬉しくもなんともない。俺は、一乃いちのさんが喜んでくれているのがめちゃくちゃ嬉しいんだ。


「じゃあ、今日は帰るよ」

「うん、気をつけて帰ってねー」

「わかった。一乃いちのさんも、なんだか疲れているみたいだし、あんまり無理をしないで」

「あはは、わたしは大丈夫だよー。今日は、ほんのちょっと居眠りしただけー」


 ウソだ。一乃いちのさんは、精一杯の作り笑顔で強がっている。

 それが、鈍感な俺でも痛いくらいわかった。


 俺は、保健室を出て、自転車置き場に行くと、自転車に乗って坂道をくだった。

 目の前には見渡す限りの美しい水平線が広がっている。

 でも、それを楽しむ余裕なんてない。

 自転車に乗って下る坂道で、師走しわすの冷たい潮風が容赦無く顔に突き刺さる。


 こんな海辺の高台に高校を立てた人がにくたらしい。


 俺は、この長い長い下り阪を、寒い寒い潮風で全身をこわばらせながら、ブレーキをほどよく握りしめてくだってく。そしてそのまま自転車をかっ飛ばして帰路についた。


「お待たせ、三月みつき

「寒いー、早く中に入れて!」


 三月みつきは、その場で軽く足踏みをしながら、俺に催促をする。

 チェックのマフラーを首にくるくるとまいて、しっかりとダッフルコートを着込んで防寒バッチリの上半身に比べて、下半身はスカートにナマ足。三月みつきは、なんともミスマッチな、でもとってもスタンダードなJKスタイルで、俺の家の前で待っていた。


荻奈雨おぎなう先生の様子、どうだった?」

「うん、俺の成績が学年16位だって言ったら、元気が戻ったみたい」

「うわ! さらっと成績自慢されちゃったよ……でも、元気出てくれてよかった! 荻奈雨おぎなう先生は、やっぱり、のほほんほわわんな感じが似合ってるもん。学園の〝癒しの女神〟だもん!」


 三月みつきは、足踏みをしながら、にっこりと笑った。

 俺は、その笑顔にちょっと気まずくなりながら、玄関の鍵をあける。


 寒がる三月みつきをとりあえず家に入れると、郵便受けを見た。そこには、一通の荷物が届いていた。

 白蓮はくれん社……人気少女漫画雑誌『月間はなとちる』を刊行している出版社だ。


 俺は、家に入ると、三月みつきの待つ2階のリビングへと向かう。そして、ズッシリとした封筒にハサミを入れて中身をとりだした。『月間はなとちる』の新年号だ。


「はい、三月みつき二帆ふたほさんは、まだ仕事から帰ってないみたいだから、先に読みなよ」

「うん! ありがとう!!」


 三月みつきは返事をすると、大急ぎでページを開いた。

 そして「はぁ」とため息をつく。


 ……そっか、ダメだったんだ。


 俺も心の中でため息をついた。

 俺は知っているんだ。三月みつきは漫画家をめざしている。そして夏休みからコツコツと書いていた少女漫画を『月刊はなとちる』に応募していたんだ。


 断っておくと、俺は、三月みつきからそのことを一言も聞いていない。でも、わかる。三月みつきの考えていることは手にとるようにわかる。だって三月みつきは、考えがすぐ表情に出るタイプだし、なにより、俺と三月みつきは、赤ん坊の時から一緒に育った筋金入りの幼馴染なんだもの。


 三月みつきは、「はぁ」と、もう一度大きなため息をつくと、雑誌を閉じて表紙を見た。そしてその表情は落胆から、みるみるうちに驚きと喜びの表情に変わった。


すすむ! 『信長のおねーさん』アニメ化だって!!」

「ええええええ!!」

「ほらここ、アニメ化記念、大増40ページって書いてある!!」


 三月みつきは、興奮しながら『月刊はなとちる』の表紙を指さした。

 本当だ。間違いない。本当にアニメ化するんだ……。


「楽しみだな〜。信長の声優さん、ダレになるんだろう。勝三郎かつさぶろうも気になる!」


 三月みつきは、ほくほくしながら『月刊はなとちる』を読み始めた。立ち直りが早いのも三月みつきらしい。(内心、ひきずっているのかもしれないけれど……)


 俺は、そんな三月みつきを見ながら、封筒をゴミ箱に捨てようとした。


 そして気がついた。


 封筒の中に手紙が入っている。あぶなかった、うっかりそのまま捨ててしまうところだった。

 手紙は、今時珍しい手書きだった。そして俺はその手紙の内容を見て驚いた。本当にもう、めちゃくちゃおどろいた。


—————————————————————————

雨野うずめ先生


 お世話になっております。田戸蔵たどくらです。

 先月はご多忙の中、増ページにご対応いただき、誠にありがとうございました。

 また、今月も増ページを快諾いただき、本当に感謝しております。


 『信長のおねーさん』のアニメ化に向かい、来年は『月刊はなとちる』、ならびに白蓮はくれん社をあげて、猛プッシュをしていく所存です。


 つきましては、以前から打診しております、別冊との二本掲載、ならびに、漫画業への専念につきまして、あらためてお考えいただきたく存じます。

 雨野あめの先生が、養護教諭の仕事をとても大切にしているのは重々承知しております。しかしながら、『信長のおねーさん』は今や100万部をこえるベストセラーでございます。

 たくさんのファンが期待しております。待ちわびております。今一度、ご再考ねがえますでしょうか。


 今度、私、ならびに編集長とお宅に伺いまして、弊社の想いをお伝えしたく存じます。

 お忙しいなか、大変恐縮ではございますが、何卒、よろしくお願いいたします。


              田戸蔵たどくら 小次郎こじろう

—————————————————————————

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る