第57話 MPゼロの睡眠不足。

 俺は相変わらず保健室登校をつづけている。始めたのは、一年生の二学期の中頃だから、もう一年以上が経過した。


 俺が一年生の時、保健室登校のきっかけになった、文化祭の出し物のメイド喫茶は、今年も大盛況だった。


 保健室登校の俺は当然不参加だ。だけど、その盛況ぶりは嫌と言うほど伝わってきた。


 なぜなら、とんでもないくらいの美少女の三月みつきの噂は、いまや校外にも知れ渡っていて、三月みつきが看板娘をつとめるメイド喫茶はそれはもう、とんでもない大行列を作っていたからだ。

 教室はおろか、廊下にも収まりきらずに、グラウンドまで行列は伸びていた。

 

 この全員が、胸元とかスカートの丈とかが、ギリギリのスレスレのメイド服に身をつつんだ三月みつきとのチェキと「おいしくなるおまじない」がセットになったスペシャルパンケーキ目当てに並んでいるんだ。


 俺は、一乃いちのさんがテイクアウトしてきてくれた、三月みつきのおまじないがかかっていない、至って普通のパサパサのパンケーキを食べながら、その行列をボケーと眺めて大人しく学園祭を過ごした。


 きっと、三月みつきのクラスメートたちは、昨年以上にちょっとエグいくらいの臨時収入を獲得して、ホクホクだったことだろう。


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 うん、やめよう。虚無感にさいなまれるからやめよう。もっとポジティプな話をしよう!


 そう、ポジティブな話だ!!


「はーい。テストの結果がでたよー」


 一乃いちのさんが、職員室で受け取った期末テストの答案用紙を渡してくれた。

 俺は、保健室に一セットだけ置いてある、俺専用のスクールデスクに答案用紙をおくと、椅子に座って答案用紙を確認した。それをすかさず一乃いちのさんも覗きにくる。


「すごーい、数学と歴史、あと古典は90点超えてるー。それ以外も平均以上。すごいすごいー!」

「いやー、それほどでも?」

「あ、その言い方、お父さんに似てる、やっぱりスーちゃんはお父さん似だねー」

「ちょ! やめてください!!」


 毎日会社に遊びに行っているなんて堂々と宣言している、チャランポランな人に似てるって言われても、ぶっちゃけあんまし嬉しくない。

(だってその直後に一乃いちのさんを見習えってママに怒られてたし)


「でもすごいねー。これなら、順位もかなり上位かもー。順位表、見に行かないの?」

「それはちょっと……やめときます」

「そっかー。うん……そうだよね……。ごめんね。余計なこと言って」

「別に、いいですよ……」

「じゃあー、今日は特別大サービスです!」


 そう言うと、一乃いちのさんは、いきなり俺をハグした。

 椅子に座っている俺の頭は、ちょうど一乃いちのさんのおっぱいだ。俺は一乃いちのさんの低反発素材で、なんともいい香りがするおっぱいに顔をうずめた。


「そしてハグからのー。いいこ、いいこー!」


 一乃いちのさんは、右手で俺の頭をやさしくなでてくれる。


 ああ、なんたる幸運! なんたる僥倖ぎょうこう!!


 二帆ふたほさんの、M・M・Oメリーメントオンラインのお誘いを泣く泣く断って、ちゃんと試験勉強してよかった。


 俺は、えも言われない幸福感を噛み締めていると、突然、俺の頭をなでている一乃いちのさんの手の動きが止まった。そして、


「すー。すー」


 と寝息らしきものが聞こえてきた。そして低反発素材のおっぱいが「ずしり」と重くなって、俺の顔は完全にズッポリとおっぱいにうずまった。おっぱいがいっぱいのマックスハートさまだ。


 え? 一乃いちのさん、俺をハグしたままねちゃってる?


 俺は一乃いちのさんのハグしてくれている、左手をそっと外して、低反発素材のマックスハートさまなおっぱいから顔を脱出させって上を見た。


 やっぱりだ。完全に眠っちゃっている。


 俺は、席を立つと、一乃いちのさんの腰と首を支えた。そしてそのまま「そおっ」とお姫様だっこをして、一乃いちのさんを保健室のベットに寝かしつけた。


 一乃いちのさん、どうしちゃったんだろう。

 二帆ふたほさんならともかく、しっかりものの一乃いちのさんが寝落ちだなんて、ちょっと信じられない。


 なにか、隠し事をしているのかな……俺には言えないこと……。

 俺は、一乃いちのさんの寝顔を見ながら、隠し事がなんなのか考えていた。


 でも、その隠し事が、寝不足の原因が、俺の想像以上、遥か斜め上の上の理由だったなんて、この時の俺は知るよしもなかった。

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