第56話 余裕ゼロのモーニング。

 仕事に向かうFUTAHOさんと武蔵むさしさんを見送ってリビングに戻ると、母さんがいた。


「おはよう、すすむ

「おはよう、母さん」

二帆ふたほちゃんはもう仕事に行ったのね?」

「うん。さっき武蔵さんと一緒に出掛けていった」

「そう。最近、ふたりとも仕事が忙しそうで心配だわ……」


 ふたりとも? どう言う意味だろう。武蔵むさしさんのことかな?


「さあ、朝ごはんをつくらなきゃ」

「俺も手伝うよ」

「母さん一人で大丈夫。すすむはシャワーを浴びてきなさい」

「わかった」


 俺は、言われるがままバスルームでシャワーを浴びた。


 最近の二帆ふたほさんは本当に忙しい。毎日、朝早いし、深夜まで仕事がおして帰って来れないこともある。


 でも元気だ。二帆ふたほさんはめちゃくちゃ元気だ。


 仕事の空き時間に、ちょくちょくFUTAHOスイッチをきって、M・M・Oメリーメントオンラインにログインしているみたいだ。(ゲーミングPCとVRゴーグルは現場に持ち込んでるらしい)

 俺も、ちょくちょくギャラリーモードで二帆ふたほさんがあやつる〝フーター〟の超絶プレイを楽しんでいる。大抵は、ひとりで遊んでいるみたいだけど、たまーに〝コジロー〟と協力プレイをやっている。


 でもって、家に帰ったら、俺と一緒にM・M・Oメリーメントオンラインをプレイして、その後もひとりで素材集めにいそしんで、電池が切れたみたいに爆睡をする。


 今日もきっと、夕方から俺と三月みつきと一緒にM・M・Oメリーメントオンラインをプレイして、最後は限界まで素材集めをしまくって、電池が切れたみたいに爆睡をするんだろう。


「ふう……」


 俺は、シャワーを浴び終わってリビングに出た。


「おはようございます」


「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」


 父さんと母さん、そして、パパとママが一斉にあいさつをする。随分と慣れたけど、やっぱりちょっとややこしい。


 俺はダイニングテーブルにつきながら、ちょっと気になったことを聞いてみた。


一乃いちのさん、まだ寝ているんだ」

「そうみたい。昨日、朝ごはんは、いらないって言っていたから、ギリギリまで寝てから学校に行くみたいよ」


 母さんが返事をした。

 最近の一乃いちのさんは、ねぼすけだ。もともと低血圧だって言っていたけれど、最近は特にひどい。でも、今日はいくらなんでも寝坊し過ぎだと思う。

 俺は、かなりゆっくり、黄身が濃いめのオムレツとトースト、そしてブラックコーヒーをゆっくりと楽しんでいる。もうそろそろ、学校にでかける時間だ。


「ひゃー。ねすごしたー」


 一乃いちのさんが、リビングを大慌てで登ってきた。淡い色合いのゆったりとした自然派ワンピースに、髪をひとつにしばって前に垂らした、いつもの登校スタイルなんだけれども……髪型が、気持ちちょっと「ぼさっ」としている。


「はい。一乃いちのちゃん朝ごはん」


 母さんが、ソイプロテインのシェーカーを渡す。一乃いちのさんはそれを大急ぎで飲み干すと、母さんに頭を下げた。


「すみません……。朝方、ちょっと仮眠するだけのつもりが、シャワーを浴びたら完全に爆睡しちゃって……」


 え!? 俺が朝、ジョギング行くときにすれ違った時、まだ寝てなかったんだ……。


「あなたが決めたことだから止めはしないけど……無理はほどほどにね……」


 ママがため息混じりにいった。それに父さんがニコニコしながらつづく。


「ぼくを見習うべきだよ。ぼくなんて、会社に遊びにいっているようなものだし!!」

「あなたは、少しは一乃いちのを見習いなさい!!」


 ママにピシャリとしかられて、父さんはてへぺろと舌を出す。

(本当、なんでこんな調子で課長にまでなれたんだろう)


「大丈夫。今が極端に忙しいだけ。もう少ししたらおちつくから……じゃあ、もう遅刻しちゃうから……行ってきます!!」


 一乃いちのさんはそういうと、逃げるように一階へと降りていった。


 好きなこと?? もう少ししたら落ち着く?? なんだろう?? さっぱりわからない……。


 俺は首をひねりながらコーヒーを飲み干すと、食器を流しに置いて、3階の自室で制服に着替えた。そして、


「いってきます」


「いってらっしゃい」

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃい」


 父さんと母さん、そして、パパとママ。ちょっとややこしい我が家の保護者たちに見送られて、玄関を出た。


 一ヶ月ほど前までは、学校が始まる30分前に家を出ていたけど、今は10分ちかく遅い。

 俺は、自転車を軽快に飛ばして、ラスト500メートルにある心臓破りの坂も軽快にのぼっていく。

 俺は、見渡すかぎりの水平線を存分に楽しみながら、ほんの少し息を弾ませて、学校の校門をくぐりぬけた。


 そして、自転車を自転車置き場に停めて、まっすぐと保健室へ向かう。

 俺は、いまでもずっと保健室登校を続けていた。

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