第53話 難易度ゼロ。甘々なイージーモードの間接キス。

 俺は、三月みつきのマンションにつくと、軽く息をととのえた。

 三月みつきはまだマンションから出てきていない。


 三月みつきとは、6時きっかりに待ち合わせをしているから、随分とタイムが早くなってきた。もちろん、陸上部の連中に比べると足元にも及ばないタイムだけど、それでもやっぱり嬉しい。


 三月みつきは、手に息を吐きかけながら降りてきた。手の隙間から白い息がもれている。ゆったりとしたジャージのトップスに、レーシングタイツを合わせてショートパンツをはいている。色は三月みつきが好きな水色コーデ。でもって、腰には水筒を入れることができるランニング用のボトルポーチをつけている。


「今日は寒いね」

「ああ。5℃だって」

「ひゃー! 早いトコ走ろ走ろ! 走ってあったまろう!」


 俺たちは、交通量の少ない道路を選んで走って、森林公園に入る。公園内をぐるっと一周して戻ればちょうど5キロのコースだ。


 まだ、かろうじて夜が白けている状態だ。公園内はまだまだ薄暗い。ジョギングには走りやすくて最高のコースだけど、これ以上、日が昇るのが遅くなってくると、さすがにコースを変更しないといけないかも。

 俺が、そんなことをぼんやりと考えながら走っていると、三月みつきが話しかけてきた。


「今日、一緒に帰ろ! 進ので『はなちる』読みたい!」

「いいよ。あ、でも、二帆ふたほさんが読んだあとな」

「わかってるって!」

「ま、二帆ふたほさん、いつも郵便が届いたら速攻開封して読んでるから、すぐ読めると思うけど」


 この一ヶ月で、俺は本当に体力がついた気がする。走り始めた時は、こんなのんきに話しながらジョギングなんてできなかった。

 俺と三月みつきは、公園にある池を横断している橋をつっきって折り返す。帰りのルートは、池の周辺をぐるっと回って帰る。


「……でもさ、なんで進んって、『はなちる』が発売日よりも前にあるの?」

「知らない。二帆ふたほさんの……コネ……かな??」

「確かに、二帆ふたほさんの下着の広告、『はなちる』の裏表紙だもんね。スポンサーだからなのかな? すごいなー、さすがスーパーモデル!!」

「あ……でも、二帆ふたほさんに直接聞いたわけじゃないからわかんない。ひょっとしたらママかも。ママと父さんの会社も広告出してるから」

「そっか、ま、どっちでもいいや! 二帆ふたほさんとすすむのママに感謝感謝!!」


 俺たちは、発売日よりも何故だか一週間近く早く家に届く『月間はなとちる』の入手経路について雑談をしながら、森林公園を抜けて、三月みつきの家のマンションまでもどってきた。


「はあ……はあ……結構早く家についちゃったね」

「だな。三月みつきもちょっと物足りなくなってきた感じ?」

「うん。もう少し走る距離増やそっかな……」

「だったら、明日から公園までのコースちょっと変えてみる? 日が昇るのも遅くなってきたし、少し遠回りする感じで」


 俺が答えると、三月みつきは返事をしなかった。ボトルポーチから水筒を抜き取って、口をつけてごくごくと飲んでいるからだ。なんだか疲労回復にいいらしい、三月みつきのスペシャルドリンクだ。


「ふー、美味しい! はい。すすむも。飲み干しちゃっていいよ」


 そう言って、三月みつきが水筒を差し出す。

 俺は、三月みつきから水筒受け取って、スペシャルドリンクをごくごくと飲んだ。

 最初は遠慮していたけど、三月みつきがどーしてもと毎回しつこいくらい勧めてくるので飲ましてもらうようになっていた。

 確かに三月みつきのドリンクは甘くて美味しい。はちみつとレモンだと思うんだけど、こんなに甘くていいのだろうかってくらい甘い。カロリーも結構あるような気がする。二帆ふたほさんみたいな神ボディを目指しているのに、こんなにカロリー高そうな飲み物飲んで大丈夫か?


 でもまあ、半分俺にわけてくれるってことは、飲み過ぎを心配しているのかな?


 俺は、甘々のドリンクを飲み干すと、水筒を三月みつきに返した。


「ありがとう。美味しかった」

「えへへ。毎日少しずつ味を変えているんだよ」

「へえ、そうなんだ」

「なんかリクエストあったら言ってよ。すすむのスキなドリンクにかえるから」

「いいって。三月みつきのスキなもの飲みなよ」

「ちぇー、つくりがいないなー」


 三月みつきは、ご飯をほうばったリスのようなほっぺた(でも最近ちょっとすっきりしてきた気がする)をぷっくりとふくらませた。


 ?? なんで??


「そんじゃ、お昼、保健室行くから!!」

「りょーかいのすけ!」


 俺はおとぼけた返事をしてから、マンションに入っていく三月みつきに手をふると、家までの1キロの道のりを、公園を走っていた時よりもギアを二段階ほどあげて走ることにした。

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