第二章

第52話 ゼロ距離おねーさんははいている。

 二帆ふたほさんが家に帰ってきた。二帆ふたほさんの自宅は、都心の高層マンションだ。

 白を基調にした広い広いリビングの窓は、一面のパノラマになっていて、きらびやかな夜景が広がっている。


 二帆ふたほさんはリビングに入るなり、身体のラインを強調したセンスの良いワンピースを脱ぎさって下着姿になった。淡いパープルカラーのブラをしっかりとつけて、同じ色のパンツもしっかりとはいている。

 

 ガシャーン!!


 突然、窓ガラスが割れた。全身黒ずくめの二人組の男が、二帆ふたほさんの家に押し入ってきたのだ。強盗だ!

 鉄パイプを持った男と、金属バットを持った男。表情はフルフェイスのヘルメットに包まれていてまったくわからない。


 部屋に入るやいなや、男たちは二帆ふたほさんに襲いかかってきた。鉄パイプを持った男が、そのエモノを振り上げて思いっきり振り下ろす。


 二帆ふたほさんは攻撃を紙一重でかわすと、男の手に「シュ!」と手刀をあびせる。そして、すぐさま鉄パイプを踏みつけた。


 ガラン!


 二帆ふたほさんは、男が落とした鉄パイプを素早く拾い上げると、


 バキイ!


 男の土手っ腹に、鉄パイプを神スイングで振り抜いた。

 倒れる男の奥から、もう一人の男が金属バットでなぐりかかる。二帆ふたほさんは、それを真正面から受け止める。


 ガギン! ガギン! ガギン!


 力任せに金属バットを振りまわす男に少しずつ押されていく二帆ふたほさんは、鉄パイプを床に立てると、それを支えに「タタタ」と壁を駆け抜ける。そして、そのまま、壁を三角蹴りして、男に飛び蹴りをくらわせた。


 バキイ!

「……ううう」


 うめきながら倒れる男の上に、どっかと座った二帆ふたほさんは、髪をかきあげてカメラ目線でクールな微笑をみせる。


『神ボディ!! キープ!!』


 二帆ふたほさんのナレーションとともにキャッチコピーが踊り、下着の商品説明が入った。ここのところ毎日流れている、〝理想のスタイルをアシストする〟がコンセプトの下着メーカーのCMだ。(高層マンションに住んでいるのも下着をつけているのもCM上の演出だ。二帆ふたほさんはもちろん、今もこの一戸建てに家族みんなで住んでいるし、当然家では下着なんてはいていない)


 俺は薄暗い家のリビングで、そのCMをぼんやりとながめていた。

 ノースタントで、アクションシーンを堂々と演じる二帆ふたほさんは、たちどころに話題になった。今ではこの日本で二帆ふたほさんを知らない人はいない。

 『神ボディ』は流行語大賞にノミネートされていた。

(『はいたら負け』の方がインパクトあると思うんだけど……)


 全自動ミルのついたコーヒーメーカーは、ぽこぽことコーヒーを落として、いい匂いを漂わしている。

 俺はキッチンで淹れたてのコーヒーをカップにそそいだ。


『ジリリリイ! 5時45分! 5時45分!!』


 テレビに映った目覚まし時計のキャラクターが、今の時刻を教えてくれる。

 インキャぼっちの朝は早い。意外に思うかもしれないけれど早い。何故なら俺は、幼馴染の三月みつきのボディーガードだからだ。

 二帆ふたほさんの神ボディをめざしている三月みつきは、パパにアドバイスを受けながらトレーニングを始めていた。


 早朝ランニングを毎日5キロ。9月上旬から始めている。初めの頃はひとりでやっていたけど、日が登るのが遅くなってきてからは、


「神ボディを目指すミーちゃんのボディーをガードするのが、スーちゃんの務めなのだ!」


 って二帆ふたほさんに言われて、一ヶ月ほど前から一緒に走る様になった。


 俺はコーヒーを飲み干すと、テレビを消して階段を降りる。すると階段で部屋着姿の一乃いちのさんとすれちがった。


「おはようございます」

「おはよー。今日はさむいねー。12月になったらいきなり寒くなった感じー」

「はい。でも走ったらすぐにあったまるから」

「すごい。もうすっかりアスリートだねー」

「ア、アスリートは言い過ぎですよ、ふつーのジョギングです」


 俺は、外に出ると、準備運動を済ませて三月みつきの住んでいるマンションに向かって走り始めた。


 最初の頃は自転車でマンションまで行ってから、そこから三月みつきと一緒に走っていた。そして二ヶ月も前にジョギングを始めた三月みつきのペースについていくのがやっとだったけど、今はもう、随分と体力がついてきて、一キロ先にある三月みつきの家のマンションまで走っている。三月みつきのペースに合わせて走るだけでは、ちょっと物足りなくなってきたからだ。


 俺と三月みつきの関係は、9月のころからずっと変わっていない。幼馴染だ。

 でも我が家では、彼女ってことになっていた。


 俺は、相変わらず、難易度ウルトラハードの荻奈雨おぎなう一乃いちのさんルートを、家族から三月みつきとの交際を祝福されながら攻略をつづけていた。

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