幕間劇

第51話 あるオフィスの1日

 そのオフィスは、デジタル化がいちじるしい、このご時世にもかかわらず、とても散乱していた。とにかく色々なモノにあふれていた。

 そして、結構な夜更けにもかかわらず、けっこうな社員が働いていた。


 男は、その散乱し、社員があふれたオフィスのデスクについて、ディスクトップパソコンでマンガを読んでいた。終始ニヤニヤとして、ところどころで「ふふっ」と、声を出して笑っていた。


 さぼっている?


 とんでもない! これが男の仕事だ。男は漫画編集者だった。入稿された原稿をチェックしているのだ。原稿を一通りチェックして、このあと、ネーム部分の写植を行う予定だ。


「おつかれー」

「あ、編集長。どもです」

「好調だねー『信長のおねーさん』」

「おかげさまで。コミックスの売れ行きも順調です」

「今月号は表紙だし、ここが一番の仕掛けどきだな」

「……でも雨野あめの先生がなんとおっしゃるか……」

「かけもち仕事とのおりあいってか?」

「そうです……雨野あめの先生、どーしても今の仕事を続けたいらしくて」

「そこは、担当のお前の手腕だろう……どーにかして漫画家に専念してもらえないか、掛け合ってみろ!」

「は、はあ……」


 男はうんざりしていた。この編集長の手のひら返しにうんざりとしていた。


「おねショタ?? しかも、西洋じゃなくて和物の時代劇?? はっ! こんなん、ウチではやるわけないだろう!!」


 全く乗り気でなかった編集長をどうにかこうにか説得し、単発読み切りとして掲載させてもらった『信長のおねーさん』は、予想外の人気を獲得した。

 そして、読み切りを掲載すればするほど、アンケートの順位は上昇していき、ついには連載。そしていまや看板作品のひとつとなっていた。


 最初は読切の掲載すらしぶっていた編集長も、


「前例がないから、と、しぶる部下たちの反対を押し切って、私が猛プッシュしたんです!」


 と、自分の手柄として、お偉方や他媒体のメディアに対して、猛アピールをしている。さすが編集長の椅子を勝ち取った人だ。出世の極意を心得ている。


「はーーーーー」


 男は、大きくため息をつくと、スマホを取り出す。作者の〝雨野あめのうずめ〟先生に、増ページをお願いするためだ。もう半年も前から、編集長に催促をされている。そしてもうひとつ、あるお願いをする必要がある。雨野あめの先生に、承諾をしてもらう必要がある。


「はーーーーー」


 男は、再び大きなため息をつくと、雨野あめのうずめ先生に電話をかけた。


 プルルルル。プルルルル。


『もしもしー』

「あ、お世話になっております。『月刊はなとちる』の田戸蔵たどくらですー。

 原稿、確認しました! オッケーです。今月もサイコーでした!」

『ほんとですかー? よかったです』

「それで実は、先生に折り入ってお願いしたいことがございましてー……」


 男は、勤めて事務的に、増ページのお願い。そして、『信長のおねーさん』のアニメ化の報告と、それを了承して欲しい旨を伝えた。

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