第37話 ゼロ距離おねーさんは〝白い粉〟がお好き。
「ところで……
そういや、俺もすっかり忘れていた。父さんは影が薄い。とにかく薄い。
「あら、父さんなら
「あ、そうなんだ。でっきりゴルフか麻雀かカラオケかと思っていた」
父さんは、大手計測器メーカーの課長さんだ。先月のお盆休みの後に係長から昇進した。
「父さんはな、ゴルフと麻雀とカラオケとゲームの腕前で昇進をしているんだ!」
って、いつも胸を張っていた。
なんでも、ゴルフは偉い人とちょうど一打差、麻雀だとちょうど千点差、カラオケだとちょうど一点差で負けることができるらしい。(なんじゃそりゃ)
ゴルフと麻雀とカラオケの腕前は、正直ちょっと怪しいけれど、でも、格闘ゲームの腕前だけは本物だ。俺は格闘ゲームの真剣勝負で、一度たりとも父さんに勝てたことはない。(でも桃鉄はめちゃんこ下手だ。なぜか父さんに貧乏神が取り付くと、すぐにキングボンビーに変化する)
仕事と全く関係のない特技がなんの役に立つんだろう? って思ってたけど、事実、そんな訳のわかんない特技で課長にまで昇進したんだから、多分、すごい特技なんだと思う。
「こんにちワーキングアウト……」
身体にピッタリと張り付いた、セクシーなトレーニングウエアを着ている。
「……あれを……あれをください……あれを飲まないと……ふるえが……おさまらにゃい……」
なに? あれって……なに? というか、大丈夫?
ここだけ見ると、めっちゃ怪しい人に見えるけど。何かの中毒者みたいだけど。
「はいはいはーい。ちょっと待っててね!
父さんの声が聞こえてくる。1階からだ。パパとママもそのすぐ後ろをついてくる。
父さんは、スタスタと冷蔵庫の前まで行くと、中からすばやく調製豆乳と〝白い粉〟の入ったジッパー付きビニールを取り出した。ビニールには付箋が張ってあって、そこには何やら細かく記入がされてある。
父さんはキッチン棚からステンレス製のシェーカーも取り出すと、手際良く〝白い粉〟と調製豆乳をきっちりと計量してからシェーカーの中に入れて、シャカシャカとシェーカーを振り始めた。意外とサマになっている。
「お父さんー、カッコいいいー!」
「いやー、それほどでも?」
って言いながら、調子に乗ってシェーカーをヒョイヒョイとお手玉したあと高く放り投げて背面キャッチをする。うん。確かにカッコイイ。
(一乃さんにチヤホヤされて、デレデレしているのがちょっと、いやかなりシャクにさわるけれど)
父さんは、念入りにシェイクをし終わると、それをおしゃれなグラスの上にそそいで、最後にミントをあしらった。いっちょまえに美味しそうに見える。
父さんは、グラスをシルバーのおぼんの上に乗っけると、三本指のきどった持ちかたでスタスタとへたり込んでいる
「はい。
「くー、うまい! シェフだ! シェフを呼べ!!」
「……シェフを読んだらリビングがぎゅうぎゅうになっちゃうわよ。食品開発部門に何人いると思っているの?」
ママがため息をついた。
うん、
ママは、父さんの務める会社にヘッドハンティングされて、食品開発部門をいちから立ち上げた人だ。
父さんは、ママが入社するまで、うだつの上がらない営業マンだったらしい。
(高田馬場にあるレトロゲームだらけのゲーセンで、毎日さぼっていたそうだ)
「この商品は本当にいいね。ソイプロテインは腹持ちもいいし、美容目的のダイエットユーザーにはうってつけだよ。そしてなりより美味しい!」
こけしマッチョのパパは、自分で作ったプロテインをごくごくと飲んでひとりごちた。
「うれしいなぁ!
「ま、当然よね」
父さんが喜ぶと、ママはさも当然だと言った顔つきでメガネを光らせた。
「あなたも、二帆といっしょにしっかり宣伝してよ! そのためのスペシャルアドバイザーなんだから……」
「はっはっは、私は嘘がつけないからね。美味しい商品を作ってくれて安心したよ。君は信じられないくらいの味音痴だからね。
パパの話が終わらない間に、ママはパパのピチピチタンクトップの上からうっすらとうきあがった乳首を思いっきりねじりあげた。
「ほらほら、もっと綺麗な声で鳴きなさい!」
「あ、あああ!! もっと……じゃない、やめて! やめてくらさいぃぃぃいい!」
パパは「ビクッビクン!」と、体をくねらせながら切なげな悲鳴をあげる。
「まあまあまあまあ!」
「そのつづきは夜がふけてから……!」
仲がいいのか悪いのか……かなり判断が難しいパパとママのやりとりを、父さんと母さんがやんわりと仲裁をする。
これが我が家の日常だ。そして、スゴイ人たちの集まりだ。
一流ビジネスマンのママと、一流トレーナーのパパ。
そして父さんも(意外と)スゴくて、そして母さんの料理スキルはスゴイし
そして俺は、このなかなかにスゴイ一家で、たったひとり、なんの取り柄もない高校生で、しかも、保健室登校をしているインキャのぼっち野郎だと言う事実に、実は結構な劣等感をいだいていた。
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