第36話 ゼロ距離おーねーさんはキューピッド。

 俺と三月みつきは、2階のLDKに移動した。ちょっと、いや、かなり、ふたりっきりでいるのが気まずかったからだ。キスをした直後で、めちゃくちゃ気まずかったからだ。


 2階では一乃いちのさんと、母さんとがダイニングでお茶していた。晩御飯の準備の合間に、ちょっと休憩しているみたいだった。キッチンでは、晩御飯の準備が着々とすすんでいる。巨大な肉塊がなんだか物騒な剣につき刺さっていた。


「あら? すすむ三月みつきちゃん」

「あれー? どうしたのー?」


 母さんと一乃いちのさんが、俺たちに声をかけてくる。


「そ、その、二帆ふたほさんがいないと、高難易度ミッションは難しいから……」


 俺は、なんともくるしい言い訳をする。


「そうなんだー。ふたりでいろいろ楽しめばいいのに。別にゲームじゃなくてもー」


 一乃いちのさんは、犬の様な黒目ガチな瞳をらんらんと輝かしている。俺は、手ブラで水色のしましまパンツとニーソックス姿になっていた三月みつきを思い出して気まずくなった。


「お、荻奈雨おぎなう先生たちは、晩御飯、何を作ってるんですか?」


 三月みつきも気まずくなったのか、慌てて話題を変えた。


「シュラスコだよー。お肉の串焼き。夕方になったらお外で焼くのー」


 串焼きと言うには、かなり物騒……じゃない本格的な料理だ。ご家庭でやるバーベキューで、剣が突き刺さった肉塊のバーベキューが出てくるなんて。


三月みつきちゃん、お肉大好きでしょう? それを話したら一乃いちのちゃんがシュラスコのこと教えてくれて。

 おばさん、こんなハイカラな料理ははじめてよ。うふふ」


「そんなー、お母さん、初めてだとは思えない手際の良さです。わたしなんかより全然上手ー。今日のシュラスコはお肉がやわらかく仕上がりそー」


 母さんと一乃いちのさんは、とんでもなく高次元なレベルで料理スキルを謙遜しあっている。きっと俺なんかが聞いてもさっぱりわからない。


「……ところで、ママは?」


 俺は、さっきからちょっと気になっていることを尋ねて話題をきりかえた。


「ママなら、一階の書斎でムーちゃんと電話してるよー。あ、ムーちゃんはフーちゃんのマネージャーさん。私の高校からのおともだちー。なんだかー、フーちゃんの来年のスケジュールを検討しているみたいー」


「ええ! もう来年のオファーが来ているんだ! さすが!!」


 FUTAHO信者の三月みつきが、おどろいてくりくりの瞳を丸くする。


「次のオリンピックまではスケジュール埋まっているみたいー。今はー、スポットでできる仕事を検討しているんだって」


「すごい……」

「すごい……」


 俺と三月みつきは顔を見合わせて絶句した。なんだか話がでかすぎる。


 余談だけど、我が家もやたらめったらでかい。

 1階は、パパのパーソナルジムと、ママの書斎と一乃いちのさんの部屋と物置。

 2階はこの広々としたLDKで、3階は、俺と、二帆ふたほさん、それから父さんとママ、パパと母さんとの寝室がある。さらに地下にはガレージだ。


 しめて8LDK。でかいなんてもんじゃない。デカ過ぎる。


 余談のついでに、引越しのとき一乃さんは3階にあった自分の部屋から、1階の部屋に移動した。今、俺の使っている部屋だ。

 だから友達の結婚式から酔っ払って帰ってきた一乃さんは、間違えて俺の部屋で裸のまんま爆睡をしてしまっていたらしい。(……三月には絶対知れてはならない秘密事項だ)


荻奈雨おぎなう先生のパパって、いつから二帆ふたほさんのトレーナーをやっているんですか?」


「フーちゃんがアメリカに行っている時だよー。

 パパとママは、私が中学生の時に離婚してから、ずっと疎遠になってたんだけどー、アメリカで修行していたパパにパーソナルトレーナーをしてもらうようになってから、また交流がはじまったのー」


 一乃いちのさんの話に、母さんが補足をいれる。


二帆ふたほちゃんがモデルとしてデビューしなかったら、トレーナーのパパが帰国することもなかっただろうし……パパが帰国しなかったら当然、私なんかとは出会えなかったから、二帆ふたほちゃんにはすっごく感謝しているわ」


 母さんは、照れもせず息子の前でパパとのなりそめをしゃべった。


「ってことは、二帆ふたほさんが、愛のキューピットってことですね! ステキ!!」


 三月みつきはノリノリで、あいずちをうっている。


 二帆ふたほさんは、どちらかと言うとキューピットなんて可愛らしい天使ではなくて、ゲームで負けると発狂モードになる残酷な天使なんじゃないかな……。


 俺は、午前中のドリルドリュウ戦のことを思い出しながら、そんなことを考えていた。

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