第35話 インキャぼっちは度胸ゼロ。

 三月みつきは、上半身すっぱだかで、手ブラになっていた。

 俺から視線をちょっとだけはずして、顔を赤らめている。


 ……え? どういうこと?? つまり、えっと……え? どういうこと??


 俺は、三月みつきが、大きく息をすってから吐き出した言葉に、心臓が止まってしまいそうになった。


「好きだよ。すすむ。大好き」


 ……え! どういうこと!? つまり、えっと……え? どういうこと!?


 なんで俺なんかのことが好きなの??

 ただの幼馴染なのに、なんで学園一の美少女が、インキャぼっち野郎のことが好きなの??


「だ、だからね。その……すすむの誕生日に……夏休みの最後の日に、プレゼントしたいから……頑張ってダイエットして……その……」


 三月みつきは、震えながらしゃべっている。なんだか、しっちゃかめっちゃかになってしゃべっている。


 いやしっちゃかめっちゃかなのは俺の頭か?? 頭がバグったのか??


 と、とにかくだ。今、俺の目の前には、学園一の美少女が半裸になって俺に告白をしている。全く意味がわかんないけど事実だ。


すすむ……こっちきて……」


 そう言うと、三月みつきは、ベッドの上にちょこんと座って、クッションを抱きしめて何もつけていない上半身をあざとく隠す。

 服を脱いだら、なんだか仕草も、おしとやかというか、しおらしいというか、要するに色っぽく見える。


 俺は、三月みつきの言われるままに、ベッドの横に座った。


すすむはアタシのこと……好き……?」


 三月みつきは、顔をまっかにして、リスのようなクリクリとした瞳でまっすぐと俺を見ている。


 うん。これはフラグが立っている。完全にフラグがギンギンにおったっている。そして俺のここに書いてはよろしくないフラグもカチンコチンになっている。


 ピコン!

 俺の頭の中で、ダイアログ画面が開いた。


—————————————————

 かぞえすすむのマスター権限を

 〝十六夜いざよい三月みつき〟に譲渡しますか?


 ▷はい   いいえ

—————————————————


 なんて簡単な選択肢なんだ。なんて簡単な2択なんだ。

 こんなベリーイージーな選択肢を選ぶだけで、俺は晴れて童貞卒業だ。

 学校でイジメられて保健室に登校しているインキャぼっち野郎にはちょっと信じられないくらいのウルトラレア級ラッキーだ。


 そう、とっても簡単だ。とっても簡単なハッピーエンドだ。

 ひるむな! 勇気を出せ! かぞえすすむ


 俺は、震える手で、三月みつきの両肩に手を当てた。三月みつきの肩も震えている。

 俺は、三月みつきの目をまっすぐ見て言った。


「服、着ろよ……三月みつき


 俺は頭の中のダイアログの選択肢を選んだ。


—————————————————

 かぞえすすむのマスター権限を

 〝十六夜いざよい三月みつき〟に譲渡しますか?


   はい   ▷いいえ

—————————————————


 ピロリン。


—————————————————

 了解しました。

 引き続き、難易度ベリーハード

荻奈雨おぎなう一乃いちの〟ルートをお楽しみください。

—————————————————


 俺は、頭の中のダイアログを閉じると、三月みつきに言った。


「俺……好きな人がいるんだ」

「知ってる。荻奈雨おぎなう先生でしょ?」

「バレてたんだ」

「そりゃそうだよ。すすむは、思ってることがスグ態度にでちゃうから」


 三月みつきは、クリクリとした瞳を涙でにじませていた。


「高三になったら就職を決めて、学校を卒業したら、告白したいと思っている」

「かなりの無理スジじゃない?」

「わかってる」

「…………そっか」


 三月みつきは、手のひらでごしごしと顔をぬぐうと、ずっと抱いていたクッションを俺の顔におしつけた。


「服着るから! 絶対に見ないでよ!!」


 俺は、三月みつきからクッションを受け取ると、顔に当てたまま返事をする。


「み、見ないよ!!」

「どーだか……すすむは、ドスケベだからなあ……さっきも二帆ふたほさんのお尻を、すっごくいやらしい顔して、ジーッって見つめてたし」

「そ、それは」

「きっと、アタシのパンツも、あんないやらしい顔で見られてたんだろうなぁ」

「……ぐふっ」


 俺は、返す言葉が見当たらなかった。めっちゃ恥ずかしい……。


「まあ、許したげるよ。

 その代わり、高校卒業してから荻奈雨おぎなう先生に告白したら、結果を報告して! アタシも、いちおー応援してあげるから!!」

「ああ……」


 

 そのあと、三月みつきはやたらとおしゃべりを続けていた。

 多分、照れ隠しだと思う。そうしないと、間が持たないんだ。


「いいよ、クッション外して!」


 三月みつきは、かなりしっかりとおしゃべりを続けた後、最後にそう言った。

 俺は、言われるがままクッションを外すと、そこには三月みつきの顔があった。

 そしてそのまま俺の唇に、自分の唇を押し付けてきた。


「えへへ、悔しいから、すすむとのファーストキスはうばっちゃった!

 荻奈雨おぎなう先生に負けてばっかりだとくやしーし!

 あ、もちろんアタシもはじめてだよ。よかったね!」


 三月みつきは、唇をはなすと、リスのようなクリクリとした瞳を、ちょっといじわるそうに細めて言った。


「………………」


 俺は何も言えなかった。

 だって、俺のファーストキスは、一乃いちのさんとなんだもの。

 忘れもしない。俺は素っ裸の一乃いちのさんに、ファーストキスを奪われたんだ。


 その残酷な事実を、インキャぼっちで度胸ゼロの俺は、一緒にファーストキスをしたと信じ切っている三月みつきに言うことができなかった。

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