第33話 ゼロ距離おねーさんはオアヅケです。

「フーちゃん、スーちゃーん、十六夜いざよいさん、ごはんだよー」


 階段から一乃いちのさんの声が聞こえてきる。お昼ご飯だ。

 俺と三月みつき、そして二帆ふたほさんは、どやどやと階段を降りる。


「今日はー、みんなで手巻き寿司なのー」

「手抜きでごめんなさいね」

「ねー、休日くらいは手抜きですよねー」


 そう言って、母さんと一乃いちのさんは謙遜するけど……とんでもない!

 だって出来合いの料理なんてひとつもないんだもの。


 煮込んだ穴子にスズキの昆布締め、細かくさばいたコハダに漬けマグロ。マダコにいたっては4~5時間も煮て仕上げているタコの桜煮だ。ちょっと信じられないくらい手がこんでいる。


 母さんは料理が趣味だ。そしてめちゃくちゃ美味しい。

 そして一乃いちのさんの料理の腕がワールドクラスなことも、俺がこの家に引っ越しをした日、つまり俺の17歳の誕生日に、その舌で充分に知り尽くしている。


「すごーい!」


 三月みつきは、リスの様なくりくりとした瞳をまんまるにして、なにから食べようかと目移りをしている。

 そして、すばやく手を洗った二帆ふたほさんの左手は、すでに焼き海苔に酢飯をのっけていた。素早い!

 二帆ふたほさんの右手は、迷う事なくめっちゃ高級で、そしてめっちゃハイカロリーな霧箱に入ったウニに向かっている。でも、


 ピシャリ!!


 二帆ふたほさんの右手は、メガネをキラリンと光らせているママのチョップに撃ち落とされた。


二帆ふたほ! 今日はもう、摂取カロリーをオーバーしているわ!! ワークアウト後のプロテイン以外は許しません!!」


「な、なんだってーーーー!!」


 二帆ふたほさんは、めっちゃおおげさにさけんだ。でもさけんだそばから、マダコに手をのばしてヒョイっと口に放り込む。


「はい。そこまで!

 これからパパと一緒に楽しい楽しいワークアウトだゾ♪」


 二帆ふたほさんは、ニコニコと笑っているパパに後ろからヒョイって、はがいじめにされた。


「やめろー怪人マッチョこけし!!」


 二帆ふたほさんは、ジタバタと足をばたつかせている。


「はっはっは! 元気がいいなー」


 怪人マッチョこけしのパパは、ニコニコと笑ったまま、丸太の様な黒くて太い腕で、二帆ふたほさんをかつぎあげた。右腕一本で担ぎ上げられた二帆ふたほさんのスタイル抜群のお尻は、丸見えのモロ見えになっている。


「じゃ、ランチを楽しんでくれたまえ」


 パパは、ガラ空きの左手で気取って敬礼ポーズをすると、トントンとリズミカルに階段を降りていった。

 俺は、二帆ふたほさんの丸見えのモロ見えを見ながらあっけに取られていると、三月みつきと目があった。三月みつきは、じーっとこっちを見ている。


 え!? これ、さっきから、ずーっと見られている?

 二帆ふたほさんのお尻をガン見していたの、バッチリ気づかれちゃってる!?


 ヤバい! 俺、いやらしい顔をしていなかったかな……だらしない顔をしていなかったかな……気持ち悪い顔をしていなかったかな……。


 俺は、なにか適当な言い訳を考えていると、三月みつきは、


すすむ二帆ふたほさんに気兼ねをするのはわかるけど、食べよ食べよ♪」


って、ニコニコの笑顔で返事をした。


「う、うん……」


 俺は、なんだかイヤな予感がした。三月みつきに、なんだかトンデモない弱みを握られた気がする。


 俺は、それが心配で心配で、目の前のご馳走が、ほとんどのどに通らなかった。

 手巻き寿司を、握ることができなかった。


 ・

 ・

 ・


「ごちそーさま……」

「ごちそーさま!!」


 結局俺は、手巻き寿司を三貫しか食べることができなかった。

 となりでは、ご機嫌で巻き巻きして、十貫も平らげた三月みつきが満足げに手を合わせている。(ダイエットを気にしなくなったからか、見事な食いっぷりだ)


 俺と三月みつきは、食器を流しにおくと、3階に向かった。


「どーする? 二帆ふたほさんは、しばらくパパにしごかれるだろうから……その間に、M・M・Oメリーメントオンラインで、素材集めのミッションをやろうかなって思ってるんだけど」

「うーん……それもいいけど、アタシ、すすむの部屋が見てみたいな!」

「別に、引っ越し前と変わんないよ。まあ、ちょっと広くなったくらいで、別におもしろくもなんともないよ」

「まあ、でもせっかくだし見てみたいな。あと、誕生日プレゼントを渡したい。アタシ、絶対に夏休み中に……すすむの誕生日に渡したいって思ってたのに、準備してたのに、アタシがバスケの部活から帰ったら、すすむ、すっからかんになってるんだもん……だからさ、今、あげたいんだよね。今すぐ!」

「ん? プレゼント、もってきてるの?」

「うん! もうずっと前から準備オッケーだよ」

「へー、なんだろ? 気になる」

「えへへ、すすむきっと驚くよ!」


 俺が驚くプレゼント?? なんだろう?? あつ森の追加コンテンツのシリアルかな?

 俺は、この後、三月みつきのプレゼントに心底びっくりすることになる。三月みつきのプレゼントで、心臓が止まるほどビックリすることになるなんて……階段を登っている時には、想像だにしていなかった。

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