第31話 二兎追うものは一兎も得ず。ーGー

 〝ドリルドリュウ〟の発狂モードの攻撃は、東洋思想の五行相生ごぎょうそうじょうの法則でループする。

 最初の〝庚辰かのえたつ〟は、金属でできた両刃の剣の攻撃。

 『金』は水をきよめるから、〝壬寅みずのえとら〟で津波攻撃。

 『水』は木や生命をはぐくむから、〝乙巳きのとみ〟で生命を吸い取る緑色のヘビ。

 そして『木』は燃えて灯火ともしびをつくるから次の攻撃は……!!


丁卯ひのとう!!』


 ドリルドリュウは、顔の前にある黒い布に浮かんだ砂時計の砂をサラサラと落とし切ると、エコーのかかった野太い声でさけんだ。


 すると、ドリルドリュウの前に、12体の折り紙のウサギが浮かびあがった。

 ウサギはメラメラと時計回りに燃えていくと、次々に俺たちに襲いかかる。


『でた! ウサギホーミング!!』

『これってどうやって避けるの?』

『しらねw』

『耐えるしかない』

『なーんそれw』


 そう。このウサギはホーミング性能が高すぎる。耐えるしか無い。厳密には、回避能力に優れたインファイターや、マタドールなら避けることができるし、二帆ふたほさんみたいな変態プレイヤーなら、エリアルハンターのワイヤーアクションで避けることができるかもしれない。


 けれども、今はだれもそんなクラスを使っていない。俺たちは素直に炎のウサギを4体ずつ食らった。


『潔いなw』

『でもまあ、すぐ回復するだろ』


 ご名等。俺はウインドウ画面を広げると、すばやく魔法を唱える。


乙未きのとひつじ


 最大HPの50%を回復するスキルだ。


『これ、めっちゃ便利だよな』

『ああ、これだけでも陰陽導師を使う価値がある』

『壊滅状態から瞬時に持ち直せる』

『そりゃ〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟に制限かかるよな』

『そ。乙未きのとひつじを一回打っとけば、どんなに雑に戦ってても、速攻回復できる』

『本当にぶっこわれだったんだな……砂時計』


 観客モードのギャラリーが、超便利魔法とウルトラチートアイテムのイカれた(過去形)コンボに言及しているなか、俺は勤めて冷静に三月みつきに声をかけた。


三月みつき、セレブレットに俺を乗っけて」

「え? ど、どうすればいいの??」

「コントローラーのトリガーを、左右同時押し」

「トリガー?」

「なんか、お風呂掃除の洗剤のスプレーみたいなやつ」

「あ、これのこと!? わかった……はい!!」


 三月みつきがたどたどしくコントローラーをあやつると、〝セレブレット〟がヒザを折ってその場に座った。


「操作、俺がするけど、いいよね?」


 俺はそう言いながら、セレブレットの操作権限の変更を三月みつきに依頼する。

 三月みつきのモニターには、

—————————————————

 セレブレットのマスター権限を

 〝ロンリー〟に 譲渡しますか?


 はい   ▷いいえ

—————————————————

と、ダイアログ画面が表示されている。


「え? ど、どうすればいいの???」

「『はい』を選んで」

「わかった……はい!!」


 三月みつきがダイアログを選択すると、〝ロンリー〟がセレブレットにまたがり、その背中に〝マーチ〟が、あざと可愛くしがみつく。でもって、俺のモニターの画面左下には、セレブレットのアイコンが表示された。

 俺はそれを素早くクリックすると、操作方法を『オート』から『トレース』に変更する。そしてつづけざまに表示された、〝フーター〟のアイコンをクリックした。


 これで、セレブレットは、二帆ふたほさんがあやつる〝フーター〟の動きを忠実にトレースできる。

 これでもう、勝ったも同然だ!!


戊寅つちのえとら!』


 ドリルドリュウは、顔の前にある黒い布に浮かんだ砂時計の砂をサラサラと落とし切ると、エコーのかかった野太い声でさけんだ。


 すると、ドリルドリュウの両手に、虎の爪が装備される。爪を装備したドリルドリュウは、その巨体からはちょっと信じられないくらいのスピードで俺たちに拳の連打を浴びせてきた。でも。


「ひょい! ひょいひょい! ひょいひょいひょい!」


 二帆ふたほさんは、その攻撃を、ダッシュ移動やバック転を駆使して楽々とかわしていく。そして、〝ロンリー〟と〝マーチ〟の乗ったセレブレッドも、忠実に〝フーター〟の動きをトレースをして、ドリルドリュウの攻撃を紙一重ですり抜ける。


『でたw フーターの変態移動』

『なんでこの攻撃をスキル無しでかわせるのかね……』

『そして避けながらしっかり首のつけねにダブルインパクトw』

『こりゃあ、勝負ありだな』


「ううう……頭がクラクラする……」


 二帆ふたほさんの変態プレイを忠実にトレスするセレブレッドの視点をVRゴーグルで見ている三月みつきが気持ち悪そうな声をあげる。


「一旦、VRゴーグル外したら? もう、あとは二帆ふたほさんに任せておけば、このまま倒してくれるから」


「ううん! 我慢する!! アタシ少しでも二帆ふたほさんに近づきたい!!」


 三月みつきは、そう言って体育座りしたままで、ゲーミングチェアによっかかって激しい酔いに耐えている。

 そして、ゲーミングチェアによりかかればよりかかるほど、三月の水色のしましまパンツはその表示面積を広げていき、俺はその背徳感あふれる光景に釘付けになりながら、ドリルドリュウとの激しい戦いを振り返る。


 金属製の剣攻撃。

 水属性の津波攻撃。

 木属性のHPドレイン。

 火属性のホーミング攻撃。

 そして、土属性、つまりドリルドリュウの直接攻撃。


 発狂モードは、これを延々繰り返す。そして一周すると、顔の布に表示される砂時計が二つになって、威力が倍増する。


 1周目は、陰陽導師の通常魔法の2倍の威力。2周目は4倍の威力に上昇する。(多分3周目は8倍、4周目は16倍なんだろうけど、観客モードや攻略動画では、その前にみんな倒していた)


 そして、俺たちも、もうじきドリルドリュウを倒すことができる。

 次の、4倍〝庚辰かのえたつ〟の地中からの両刃の剣を〝フーター〟が回避して、スキだらけの首の付け根に〝スプレッドバレッド〟を打ち込みまくれば勝ちだ!!


 俺は、三月みつきの水色のしましまパンツから、視線をモニターに戻すと、カッコつけて二帆ふたほさんに指示をだした。


二帆ふたほさん、ドリルドリュウが倒れたら、武器を爪に変えてください。弾は〝スプレッドバレッド〟のままで!

 やられモーションに連打すれば、シングル……いや俺も一緒に爪でボコればダブルオーバーキルが狙えると思います!」


「りょーかいのすけ!」


 二帆ふたほさんがお気楽に返事をする。


 やれやれ……全くのノープランだったけどなんとかなった。そして今日は〝こよみ〟の運がいい。だって、普段なら5分で消滅する陰陽導師の武器〝戊寅つちのえとら〟が、まだ手元に残っているんだもの。連打しまくって、絶対ダブルオーバーキルを狙ってやる。


 今日の俺はついている。


 そう思っていた。でも、それはトンだ思い違いだった。俺は完全に調子に乗っていた。


庚辰かのえたつ!』


 地面が「ピキリ!」と割れると、通常のサイズの両刃の剣が地面から「シャッキーーーーーーーーン!」とせり出した。

 え? なんで8倍!? 本当になんで???


「ひょい!」


 二帆ふたほさんのあやつるフーターは、両刃の剣を紙一重でかわす。そしてフーターの動きを忠実にトレースするセレブレットは、背中に乗っけた〝ロンリー〟と〝マーチ〟もろとも、真っ二つに切り裂かれた。なんで?


「ああああ!! 〝ロンリー〟の爪が消えている!!」


 〝戊寅つちのえとら〟を唱えてから、すでに10分が経過していたんだ……。


 今の時刻は、〝庚辰つちのえたつ年〟〝壬午みずのえうま月〟〝壬午みずのえうま月〟〝庚辰つちのえたつ刻〟。


 ドリルドリュウは、無限に使える〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟で、〝年と月〟を書き換えて、4倍ボーナスを受けた後、〝刻〟によるの恩恵を受けて、通常の8倍の〝庚辰つちのえたつ〟を発動したんだ。


 〝庚辰つちのえたつ〟の前は、〝己卯つちのとう〟そしてそのまえは〝戊寅つちのえとら


 〝戊寅つちのえとら〟に変わる時には、ちゃんと〝刻〟が変わるタイミングを図っていたのに……〝庚辰かのえたつはもちろん、5分前の〝己卯つちのとう〟に変わるタイミングさえも完全に見落としていた。まったく時間を気にしていなかった。


 三月みつきのパンツと二帆ふたほさんのを眺めている余裕なんてなかったんだ。


 俺は調子に乗っていた。本当に調子に乗っていた。

 

 二兎を追うものは一兎も得ず。


 俺は、そんなことわざを思い出していた。

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