第30話 外せば勝機は永遠のゼロ。ーGー

 〝庚辰かのえたつ〟の両刃の剣が地面の中に吸い込まれると、〝ドリルドリュウ〟の顔には、再び砂時計が現れる。


 さてと、この後が最大の勝負だ。〝ドリルドリュウ〟の次の魔法をしのぐことができれば、一気に勝機が見えてくる。

 俺は、〝ドリルドリュウ〟が進化した直後に、三月みつきに新しい干支モンスターの召喚をお願いしていた。


 呼び出すのはネズミ。難易度〝ちょうむずかしい〟の〝箱入り娘〟。


 三月みつきはゲーミングチェアに可愛く体育座りをして、めちゃくちゃ集中してパズルを解いている。ゆったりとしたキュロットスカートは、ふとももの付け根までめくれあがって、水色のしましまパンツをチラチラとさせている。


 ヤバい! ヤバすぎる!! 背徳感が半端ない!!!

 って、俺は変態か!! 今はそんなことはどうでも良くって!!


 VRゴーグルをかぶった三月みつきは、〝〟と書かれたおっきなコマを脱出させるべく、『長方形のマス』が5個もひしめき合っている窮屈きゅうくつ窮屈きゅうくつ極まりないパズルを超高速でスライドさせまくっている。


 さてと、今度は、二帆ふたほさんに指示を出さなきゃ。俺は視線をVRゴーグルをかぶった二帆ふたほさんへと移した。

 二帆ふたほさんは、お行儀悪く机の上に神スタイルの足を乗っけて、はいていない、ここには書いてはよろしく無い部分を丸見えのモロ見えにしていた。


 ヤバい! ヤバすぎる!! 心臓に悪いなんてもんじゃない!!!

 って、だから今は、そんなことどうでも良いんだって!!!


 俺は、自分の視線をパラダイスな光景から自分のモニターに移すと、勤めて冷静に二帆ふたほさんに指示を出した。

 

二帆ふたほさん、スナイパーライフルの弾丸を〝スプレッドバレッド〟に変えてください。こいつは〝やけど〟でしとめます」


「スーちゃん、やけどなら、〝フレイムバレット〟ではないのかい?」

「やけどは俺が仕込みます。首の付け根を火傷させるんで、そこに〝スプレッドバレッド〟を連射してください!」

「よくわからないけど、わかったのだ!!」


 二帆ふたほさんのあやつる〝フーター〟は、すばやく〝ドリルドリュウ〟の背後に回ると、〝スプレッドバレット〟で、首の付け根を狙う。

 見事ピンポイントで首の付け根に当たった〝スプレッドバレット〟は、その場で弾けてダブルインパクトを出しまくる。


『ん? スプレッドバレット?』

『ドリルドリュウ、守備力高いよな?』

『ああ、スプレッドバレットの散弾効果なんてカスみたいなもんだ』

『だからフレイムバレットで、やけどをおわせてから使うのがセオリーなんだし』

『て……ことは?』

『なるほど! ぼっチートタイムだ!!』


 掲示板のコメントが華やいでいる。俺のやることに気がついたみたいだ。

 今の時間は、〝庚辰つちのえたつ年〟〝壬午みずのえうま月〟〝壬午みずのえうま月〟〝己巳つちのとみ刻〟。


 〝こよみ〟が俺の味方をしてくれている!


 俺のあやつる〝ロンリー〟は、〝フーター〟のあとを追って〝ドリルドリュウ〟の背後に回ると、ウインドウを開いてアイテムを使う。〝煙松しょうえん古代墨こだいずみ〟だ。

 書き換えるのは、〝己巳つちのとみの刻〟。こいつを〝壬午みずのえうま〟に書き換える。


 俺は大きな息を吐いた。集中だ! 集中するんだ!!

 〝水色のしましま〟や〝はいてない〟に気を取られている場合では無い!!


 陰陽術師が同じ魔法をつかえるのは1日1回こっきり(実時間で1時間)ここで外したら俺たちの勝機は永遠のゼロだ。


 俺は、威力8倍のチート魔法を唱えた。


 〝壬午みずのえうま!〟


 〝ロンリー〟の目の前に、おっきなおっきなシャボン玉が浮かぶ。俺はそれを慎重に、慎重に、震える手でコントローラーをあやつって〝ドリルドリュウ〟の首の付け根にまで運んでいくと、おっきな声でさけんだ。


二帆ふたほさん! あのシャボン玉、割っちゃってください!!」

「りょーかいのすけ!」


 二帆ふたほさんがおとぼけな返事をするやいなや、〝フーター〟は、正確無比な射撃で、シャボン玉のど真ん中を貫いた。シャボン玉は「パチン!」とはじけとぶ。


 じゅうううううう!!


 背中にシャボン玉の液を浴びた〝ドリルドリュウ〟の首の付け根は、赤くただれて煙が吹き出している。


『でた! 酸性のシャボン玉!!』

『しかも8倍サイズの8倍やけど!!』

『なるほどねー、そこをスプレッドバレットで射撃すれば、ダメージ8倍ってワケだ』

『いや、16倍だな!』


 ご名答! 俺は〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟を使って、〝壬午みずのえうまをリピートする。

 シャボン玉は〝ドリルドリュウ〟の首のつけねに現れると「パチン!」とはじけとぶ。

 〝ドリルドリュウ〟の首の付け根は、さらに赤くただれて、もうもうと煙が吹き出している。


 すかさず〝フーター〟のスプレッドバレッドがドリルドリュウの首の付け根をえぐった。大量のダメージ表示が、首の付け根から煙のようにたちのぼる。


『えぐい!』

『なるほど、短期決戦ね!』

『でも、これでもむずかしくね』

『ああ。ドリルドリュウの次の攻撃をどうしのぐんだ?』

『ロンリーの仕事かと思ってたけど、もう〝煙松しょうえん古代墨こだいずみ〟を使ったしな』

『ってことは、課金厨のマーチか!!』


 ご名答!(課金はしていないけど……)


二帆ふたほさん! そろそろ津波が来ます!!

 〝マーチ〟の後ろに避難してください!!」

「りょー!」


 〝フーター〟と〝ロンリー〟は、三月みつきがあやつる〝マーチ〟が乗った、セレブレットの後ろにひかえる。すると、


壬寅みずのえとら!!』

「できた!!」


 ドリルドリュウのエコーのかかった野太い声と、三月みつきの声はほぼ同時だった。


 ドリルドリュウの背中から、大量の水があふれ出す。そして、〝マーチ〟の前には、おっきなふすまが現れて、赤い瞳が怪しくかがやく、真っ黒な巨大なネズミがぬるりと現れた。


 境界術師の干支えとモンスターは、三段階に進化する。

 ネズミのモンスターは、

  〝チュレン〟

  〝チュレイン〟

  〝チュウチュウレイン〟

  〝チュウチュウチュレイン〟

と進化する。


 ふすまから這い出てきた〝チュウチュウチュレイン〟は、突然、真っ赤な両目が「ポロん」と転がり落っこちた。

 するとふたつの目玉は「チュー!」とご機嫌な声をあげる。真っ黒なネズミは一気に球体へと変形した。


 そう、ネズミの干支えとモンスターは、2匹の真っ赤な〝リードネズミ〟と、大量の真っ黒な〝パフォーマンスネズミ〟が集合した群生モンスターだ。


『♪チューチューチューチュチュチューーチュー♪』


 リードネズミのリズミカルな指示に合わせて、パフォーマンスネズミが一列に並ぶ。


『♪ちゅちゅちゅちゅちゅーーー♪ちゅちゅーーちゅちゅーーちゅーちゅーーー♪』


 そして、一列になったネズミは高速に時計回りに回転して渦を巻く。その渦の中から、大量の水がふきだして、ドリルドリュウが呼び出した〝壬寅みずのえとら〟の津波と激しくぶつかる。


 通常は召喚した後、境界術師をサポートする干支えとモンスターだけど、最大進化だけは仕様がことなる。

 最大進化で呼び出すと、ド派手な演出で超強力な攻撃をぶっ放して去っていく、1日1回限定の、スペシャルセレブリティーな魔法がつかえるんだ!


『すげえw』

『こんなしのぎ方があるのか!』

『これはいけるかもしれん!』

『いや、次の攻撃次第だろう』

『回復ループか……』

『そ、あれがエグいから、みんな〝毒ハメ〟で倒してたんだし』


 水流がはげしくぶつかる中、ドリルドリュウは早くも次の魔法を準備している。黒い布の砂時計はサラサラと落ちていって、全て落ち切ると、


『〝乙巳きのとみ〟!』


 野太い声が響いて、緑色のヘビが〝シャンシャンメリー〟にからみ付いた。


『めぇええええええ……』


 〝シャンシャンメリー〟は、切ない声をあげると、光になって消え去った。

 そして、緑色の「100」と書かれた文字がピコリンと表示される。


『100?』

『しょぼ!!』

『ウケルw』

『そうか! 最初ロンリーがやたらとダメージ食らってたのって、このタイミングでのドリルドリュウの回復を阻止するためだったのか!!』

『ロンリー……恐ろしい子!』

『白目w』

『しろめw』

『いやでもマジですごいな、これ、勝負ありなんじゃない?』


 そう、ドリルドリュウの一番厄介な攻撃は、この〝乙巳きのとみ〟によるHPドレインだ。緑色のヘビが捕まえた相手の最大HPの半分を吸い取る。

 そして発狂モードを再び発生させて、状態異常をフルリセットする。このループが、もう本当にえぐかった。


 〝チュウチュウチュレイン〟で津波を相殺したのもそのためだ。津波でエリアの端まで追い詰められたら、〝乙巳きのとみ〟の蛇を回避する術が無い。一網打尽でHPを緑の蛇にチューチューと吸い取られてしまう。


 でも、しのぎきった!


 ドリルドリュウの回復ループから脱出した!!

 これでドリルドリュウの首の付け根に多段攻撃を浴びせ続ければ、このまま押し切ることができる!


 ここまでは完全に俺の計算通りに進んでいた。

 即興の作戦だったけど、ここまではミスはゼロ。100点満点! カンペキだ!


 そう……カンペキなだった。

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