第26話 ゼロ距離の監視体制。

「に、逃げるのだ!!!!!!!」


 シュタタタター……バタン!


 二帆ふたほさんは大慌てで、まるでエリアルスナイパーのワイヤーに引っ張られるような超高速移動で、自分の部屋へと逃げ込んでいった。


「まったく……パパ、今日のワークアウトはこってりしぼってちょうだい!」

「ああ。そのつもりだよ! 限界の向こう側まで追いこむ必要がありそうだ!」


 (元)仁科夫妻は、なんだか物騒なことを言っている。


「あ、あの……ごめんなさい……」

「……どうかお手やわらかに……」


 三月みつきがパパママに謝って、俺もそれに乗っかる。三月みつきには責任はないけど、俺にはシッカリと責任がある。

 だって、フレンチトーストを焼いたのは俺だもの。

 三月みつきと必死に考えたフレンチトーストのレシピを「美味しい!」と、一乃いちのさんと二帆ふたほさんにほめられて、俺は完全に調子にのってしまったんだ。完全に焼きすぎてしまった。


すすむくんは関係ない。これは、二帆ふたほの問題よ」

「そう。二帆ふたほの『プロ意識の低さ』の問題だ」


 いつもはケンカばっかりのパパママだけど、今日は仲良く二帆ふたほさんにごかんむりだ。


「まあまあ、撮影は週末でしょ?」

「そうそう、まだまだ時間がありますし、二帆ふたほちゃんはやればできる子だから。きっとワークアウトメニューが厳しくなっても、「面白くなってきたのだ!」なーんて言いながら喜んでこなしちゃいますよ」


 すかさず、父さんと母さんがパパママのフォローに入る。

 うん。なんだか本当に色々とややこしい家族構成の我が家だけれども……とりあえず、我が家にとってはこれがベストな気がする。絶妙なバランスな気がする。


かぞえさんのおっしゃるとおり。二帆ふたほは加減ってのを知らない。平気でこちらの想像の上を飛びこえてしまう。おかげでこっちは怪我をしないか、いつもハラハラしていますよ……あぁ……胃が痛い」

「まったく、産みの親としては、こんなにも自由奔放だと、一体誰に似たのかと不思議に思うわ。二帆ふたほは、いろんなところのブレーキが、完全に壊れているから……」


 ぷりぷりと怒るママと、ぐったりと肩を落とすパパを、父さん母さんが互いのパートナーをはげましながら、2階のリビングへと降りていった。

 リビングでは、テキパキと一乃いちのさんが朝ごはんの準備をしている。

(4人分だし……これは、俺も手伝った方がいいな)


 そう思って階段を降りようとすると、


「ダメだよスーちゃん! スーちゃんのお仕事は、とーってもカワイイ三月みつきちゃんのおもてなしー。でしょ?」


って、一乃いちのさんにとめられた。その言葉にママとパパも乗っかった。


「そうそう。すすむくんと、三月みつきさんは、一緒に二帆ふたほの子守りをしてちょうだい」

「ああ。その方が助かる。二帆ふたほを見張っておいてくれ。コッソリかくれてお菓子を食べかねないからね」


 俺と三月みつきは、


「……は、はあ」

「……は、はあ」


と、あいずちをうつのが精一杯だった。


 俺と三月みつきは、ダイニングテーブルで一乃いちのさんと楽しく談笑をしている父さん母さんパパママの〝保護者カルテット〟に背をむけて、トントンと階段をのぼった。そして階段をのぼりきると、三月みつきがぽつぽつと語り始めた。えらく真剣な表情だ。


「アタシもう、軽々しくダイエットしたいなんて言わないよ。

 だってさ。甘いモノなんて絶対我慢できないし、もし食べたらめちゃくちゃ運動しないといけないんだよ。そんなの絶対にたえられない!

 アタシ、モデルの世界をちょっと甘く考えすぎていたかも……」


 俺は思った。そんなことないって思った。


 三月みつきはそんじょそこらのアイドルが、尻尾を巻いて逃げ出すくらいの美少女だ。モデルにだって簡単になれちゃうくらいのとんでもない逸材だ。


 それに、二帆ふたほさんが、こんなにも怒られているのって、単にフレンチトーストを6人前もたいらげたからじゃないかな?

 それって、成人女性の一日の摂取カロリーをゆうに超えているモノ。


 ママが言う通り、二帆ふたほさんは、いろんな所のブレーキが、完全にぷっ壊れている人なんだ。凡人のように杓子定規では絶対に判断してはいけない、色んな意味で、とんでもない人なんだ……。

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