第22話 ゼロ距離おねーさんは、はいてないけど頼もしい。

 三月みつきを家に送り届けると、あたりは真っ暗になっていた。空はもうすっかり暮れて月が浮かんでいる。今日は満月だ。気のせいだろうか、今日は普段よりも月がおっきく見える。

 俺はまんまるな月を見て、三月みつきの水玉模様を思い浮かべていた。健康的なふとももにむちむちに食い込んだ三月みつきの水玉パンツを思い出していた。


 ガシャん!


 どスケベなあほヅラで空を見ながら自転車をこいでいた俺は、電信柱に正面からぶつかった。

 慣性の法則に従って前につんのめった俺は、ハンドルでしたたかみぞおちをうちつける。


「……ぐふっ!」


 俺はアホみたいな声をあげて、その場に崩れ落ちた。呼吸ができないからだ。

 みぞおちはヤバい。本当にヤバい。俺は知ってるんだ。だって、学園祭のときに三月みつきの秘密結社みたいなファンクラブに、したたか殴られて、蹴りとばされたもの。


 うん、これはバチだ。バチが当たったんだ。


 学年一の美少女のパンモロを、無自覚美少女のパンモロを、特等席でガン見してしまったバチが当たったんだ。


 俺は、みぞおちをさすりながら、自転車を押して家路へと着いた。


「ただいま……」


 俺は元気なく声をあげる。すると、トントンとリズムカルな音を立てて、階段をおりる音が聞こえてくる。二帆ふたほさんだ。


「スーちゃん! おっかえりー!」


 階段から降りてくる二帆ふたほさんは、カッコイイパンツルックから、部屋着のパーカーに着替えていた。昨日とは色違いの、おっきめのだるんだるんのパーカー姿だ。(一体どれだけカラーバリエーションがあるんだろう……)

 スラリとした生足がふとももまでむきだしになっているけど、下に「はいている」かどうかはわからない。


「……二帆ふたほさん、着替えたんですね。ってことはパンツは……?」

「安心してください。はいてませんよ!!」


 二帆ふたほさんは、全く安心できないことを言って「ガバッ」とパーカーのすそをめくった。


「……ぐふっ!」


 俺はびっくりした。ビックリしすぎて声を上げようとしたら、みぞおちが痛んでまるでうめき声のようになった。

 二帆ふたほさんがはいていなかったからだ。パンツはもちろん、スエットすらはいていない、まる見えのモロ見え状態だったからだ。


「にゃははは! お風呂あがりであっついのだ。サービスサービス! お得なゲリラミッションなのだ!」

「ちょ……やめてください……本当にやめてください……」


 俺は、ミゾオチを押さえて息も絶え絶えに答えた。

 しかたがない。はいてないなら見てしまう。

 しかたない。俺は男なのだ。非モテなぼっちな男の子なのだ。

 しかたない。ああしかたない。しかたない。


「ん? どーしたのだ、お腹を押さえて?」


 俺が想像していたのと違うリアクションをしたからか、二帆ふたほさんは、首をかしげている。


「い、いや帰り道にちょっとよそ見をしていたら、電信柱にぶつかっちゃって……」

「そーなのかー。今日は月が綺麗だからねぇ」


 二帆ふたほさんはそういって、俺の開けてるドアから空に浮かんだ月を見つめた。


「でもまあ、そんなことはどうでもいいとして……ほわちゃー!」


 二帆ふたほさんは、すばやく俺のTシャツをまくりあげた。


「なるほど。外傷はないみたいだけど……これ、放っておくと内出血ルートだね。ちょっとこっちにくるのだ」


 そう言って二帆ふたほさんは、1階のトレーニングルームに入って行った。

 俺も後に続く。ベンチプレスやエアロバイク、そのほかにもトレーニングマシンが整然と並んでいる。


 二帆ふたほさんは、テキパキと棚にあった冷却スプレーとテーピング、それからヨガマットを取り出すと、ベンチプレスの横にヨガマットを敷いた。


「内出血を抑えたいのだ。服を脱いで、寝っ転がるのだ」

「わかりました」


 俺は、言われるがまま、Tシャツを脱いでヨガマットに横になった。


「冷たいけど、ガマンするのだ!」

「う……うひゃひゃひゃひゃ!!」


 二帆ふたほさんは、冷却スプレーをカシャカシャとふって、俺のみぞおちにこれでもかと噴射する。痛くはないけど、想像以上の冷たさに、俺は変な声がでてしまった。

 冷却スプレーを噴射した二帆ふたほさんは、俺の前に膝立ちになると、俺に手際良くテーピングを施す。


「こうやって圧迫しておけば、多少は内出血を抑えることができる」

「詳しいですね」

「パパの受け売りなのだ。あと、患部が心臓より下になると、血が溜まりやすくなるから……」


 そう言うと、二帆ふたほさんは俺の腰の下に、ふとももを押し込んできた。


「このまま、しばらく安静にしとくといい。足はベンチプレスに乗っけてちょ」

「ありがとうございます」


 俺は、その体制のまま、二帆ふたほさんと雑談をはじめた。


「そーいえば、昨日のメンテで何が変わったんだい? ミーちゃんの使っていた境界術師と、干支えとモンスターをお散歩させる、へんてこな新システムができていたのだ。あとなんかややこしいルール変更があったみたいだけど?」

「運営のお知らせを読んでないんですか?」

「読んだけど、やたら長くて眠たくなってきたので読むのやめだのだ!」


 そう言うと、二帆ふたほさんは自慢げにスタイルの良い胸をはった。


「……まあ、二帆ふたほさんが使ってる、エリアルハンターには影響ないです。あ、でもシノビスナイパーにはちょっと影響あるか……」

「どーゆーことなのだ?」

「毒のダメージに〝上限〟がかかりました。最大HPの33パーセントまでしかダメージを与えることができません」

「そーなのかー。じゃあ、もうトリプルオーバーキルはできないねぇ」

「はい。あと、昨日、俺が使ったアイテムがあるじゃないですか。〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟と、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟。

 あれに所持上限ができたんです。ひとり一個までって制限が」

「??……なるほど??」

「〝毒ハメ〟に制限がかかったってことです。あのままだと、陰陽導師の毒ダメージを上昇させる、〝辛巳かのとみ〟が、アホみたいに強くなるので」

「あー、あのおもちゃのヘビ。確かに観戦モードで観ていたらみんな大量に出してたのだ」

「はい。ちょっとぶっ壊れの性能だったんで、しょうがないと思います」


 そう言うと、二帆ふたほさんはウンウンとうなずいた。


「そーなのだ。あれじゃモンスターが可哀想なのだ!」

「あと、今騒がれてるのが、オーバーキルボーナスの入手条件に制限がついたことですね。パーティーに重複クラスがいると、入手できなくなるそうです。この対応に、結構界隈がざわついている感じです」

「ふーん。でも、フーちゃんは、陰陽導師とインファイターは難しすぎるから使わないのだ! スーちゃんとクラスが被ることはない!」

「はい。幸い俺たちにはほとんど影響がない変更だったと思います……まあ、〝リトルヨウコ〟のトリプルオーバーキルは、ロールバックがかかって無かったことになっちゃいましたけど」

「大丈夫だ。問題ない! またぬっころせばよいのだ!!」


 俺は、二帆ふたほさんの膝枕をおしりにあてがわれて、M・M・Oメリーメントオンラインの談義にあけくれた。

 そして痛みがひくと、食事とお風呂を済まして、〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟と、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟を作ってから、〝リトルヨウコ〟に再チャレンジした。

 昨日と全くおんなじ戦法だったけど、今日は〝こよみ〟の運がない。残念ながら、ダブルオーバーキルまでしか取れなかったけど、それでもギャラリーモードのコメント欄は大盛り上がりで、俺たちの健闘をたたえてくれた。

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