第16話 永遠にゼロの質問タイム。

「いーなー。青春。いーなー」


 3個セットのプリンを持って職員室から保健室に戻ってきた一乃いちのさんが、犬のように黒目がちの目をキラキラとさせながら、ふたりでひとつの雑誌を読んでいる俺と三月みつきをはやしたてた。

 誤解です! ただの(元)お隣さんどうしの幼馴染との日常のヒトコマです!


 となりの三月みつきは、なぜかうつむいて顔を赤らめたままだ。

 仕方がないので、俺がこの状況の弁明をはじめた。


「そ、その、二帆ふたほさんが雑誌に載っていて、ビックリしたから三月みつきに見せてもらっていたんです」


 すると、一乃いちのさんは、ガッテンと手のひらをこぶしで打って、黒目がちな目をまんまるにする。


「あー、フーちゃんの特集号、今日が発売日だったんだー。見せて見せてー」

「え……フーちゃん……?」


 とまどう三月みつきがつぶやくと、一乃いちのさんは低反発素材のすばらしく豊満な胸をはって、


「えっへん、何をかくそう、フーちゃんはわたしのかわいい妹ちゃんなのですー」


と、言った。


 驚いた三月みつきは、一乃いちのさんと、俺を交互に見ながら、口をぱくぱくとさせている。


「つまりー、フーちゃんはわたしと同じ、スーちゃんのおねーちゃんなのですー」


「ええええええええー!? ちょっと、ちょっと、大ニュースじゃない! ちょっとちょっと、すすむ! なんですぐ教えてくれなかったのよ!!」


「い、いや俺もついさっき知ったばっかりで……二帆ふたほさんってそんなに有名なの?」


「なにバカなこと言ってんの、今年のTGC東京ガールズコレクションの話題をかっさらった人だよ! 女神のような抜群のスタイルで下着姿でねり歩いた、〝令和のヴィーナス〟FUTAHOさんだよ!」


「……そうなんだ。ごめん……初耳……」


 俺が素直な感想を言うと、三月みつきは、木の実をたくさんほおばったリスみたいなほっぺたを、ことさらにぷっくりさせて、

 

「もう、すすむはホントーにファッションにうといんだから!!」


と、言った。


「ごめんなさい」


 俺は、三月みつきにあやまった。そして二帆ふたほさんにあやまった。

 TGC東京ガールズコレクションに出るくらいの大人気な有名人を今までしらなくてごめんなさい。パンツをはかない、ヘンテコりんなこだわりがある、自宅警備員だと勝手に決めつけてしまっていてごめんなさい。



 その後、俺は、一乃いちのさんにもらったプッチンするプリンをプッチンしないでもくもくと食べていた。一言も声を発さず、もくもくと食べていた。

 理由は、一乃いちのさんと三月みつきのガールズトーク全開な会話に全く入り込むことができなかったからだ。もっと具体的に言うと、三月みつきのマシンガントークな質問責めに、俺が答えることができる解答は全くもって〝永遠のゼロ〟だったからだ。


二帆ふたほさんがモデルになったのって、いつごろからなんですか?」

「わたしのママが、海外赴任から戻った頃だからー、2年前かなー?」

「え! FUTAHOさんと荻奈雨おぎなう先生、帰国子女なんですか!? カッコイイ!!」

「アメリカに行ってたのは、フーちゃんだけだよー。わたしは大学があったから日本に残ったのー」

「じゃ! FUTAHOさん英語もできるんだ! カッコイイ!!」

「日常会話には困らなかったみたい。あとフーちゃんはジェスチャーがすっごく得意なのー」

「さすがFUTAHOさん表現力抜群! 将来は女優さんを目指すのかな……!?」


 三月みつきはせわしなく質問をしながら、せわしなく手と口を動かしてパクパクとプリンを食べている。


「あーあ、アタシもFUTAHOさんみたいな奇跡のボディにあこがれちゃうな。わたしなんかホラ、ほっぺたもフトモモもパッツンパッツンだし。ダイエットがんばらなくっちゃ……」

十六夜いざよいさんは、ダイエットなんて必要ないよー。フーちゃんも雑誌で言ってるでしょ、中高生には過度なダイエットは不要だってー」


 一乃いちのさんは、保健室に勤務する養護教諭として全くもって正しい意見を述べると、


「いやいや、今時の女子高生はみんなスラッとしてますよ! アタシもダイエットしてカワイくなりたいもん」

「んー……十六夜いざよいさんは、今のままでもカワイイと思うけどなー」


 まったくだ。まったくもってまったくだ。三月みつきは、自分にファンクラグができるくらいカワイイことを自覚して欲しい。三月みつきに不用意にアプローチをかけようものなら、たちどころに囲まれて、ミゾオチをボコボコとなぐりかかってくる、まるで秘密結社のようなファンクラブがあることを自覚して欲しい。


 自分のカワイらしさに一切の自覚のない三月みつきは、ほんのちょっと丸顔だったり、ほんのちょっとフトモモが太かったりと、どう考えてもチャームポイントとしか思えない自分の身体の悩みを、一乃いちのさんにマシンガンのごとく相談して、一乃いちのさんはニコニコしながら「ありのままでいいのよ」と、ここには書くことのできない夢の国の登場人物ような返答を続けている。


 難しい。ガールズトークは全くもって難しい。俺が会話に入り込むスキマなんて〝永遠のゼロ〟だ。

 俺は、おとなしく『信長のおねーさん』をもう一度最初から読むことにした。

 俺が『信長のおねーさん』を手に取ると、一乃いちのさんと目があった。一乃いちのさんは、俺に向かってちょっと何かを言いたそうな気がしたけど……


「いーなー荻奈雨おぎなう先生。アタシぽっぺたパッツンパッツンだから、荻奈雨おぎなう先生みたいに髪の毛縛ると丸顔がめだっちゃって……あと……」


 結局、三月みつきのマシンガントークにさえぎらてしまった。

 なんだろう? 一乃いちのさんも、『信長のおねーさん』が好きなの……かな?


 ・

 ・

 ・


 キーンコーンカーンコーン

 校庭にチャイムが響きわたる。


「……それじゃあ荻奈雨おぎなう先生、俺、帰ります」

「わかったー。気をつけて帰ってねー」


 俺は、一乃いちのさんにあいさつをして保健室を出た。

 ついつい早足になってしまう。一刻も早く家に帰ってM・M・Oメリーメントオンラインを遊びたいからだ。


 何故って?


 それはようやく、M・M・Oメリーメントオンラインのメンテナンスが終わったからだ。昨日の夜の10時から、実に17時間30分。ついさっき、ようやくメンテナンスが終了した。


 俺は、はやく遊びたい気持ちを抑えながら駐輪場へと向かうと、そこには三月みつきがいた。

 三月みつきは、俺と目が合うなり、ものすごい真剣な眼差しでツカツカとよってきて、俺の目の前で「パン」と手をたたく。そしておもいっきり頭を下げた。


「今日、すすむの家に行っていい? アタシ……FU、FUTAHOさんにどうしても会いたいの! お願い!!」

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