第13話 ゼロ距離おねーさんが「はいてる」日。

 M・M・Oメリーメントオンラインに緊急メンテナンスが入ったのは、夜10時。〝フーター〟と〝ロンリー〟が、〝リトルヨウコ〟にトリプルオーバーキルを決めた5時間後のことだった。そして翌日の朝7時30分、今現在もメンテナンスは続いている。


 原因ははっきりしている。陰陽導師と、シノビスナイパーによる「毒ハメ」が、一気に流行したからだ。


 M・M・Oメリーメントオンラインのミッションには、最大4人パーティーで参加できる。

 3人のシノビスナイパーが、〝ポイズンバレット〟と〝ダブルインパクト〟で、毒ダメージをために貯めまくって、陰陽導師が、アナフィラキシーショックを引き起こす〝辛巳かのとみ〟を唱える。

 そして最後に全員で〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟を連打する。


 たったこれだけで、あらゆるボスに簡単にトリプルオーバーキルを叩き出すことができる。いくらなんでもぶっ壊れすぎている。

(ハリネズミみたいな、毒抵抗のあるモンスターは除く)


 きっと、俺と二帆ふたほさんが達成したトリプルオーバーキル以降にロールバックがかかって、「なかったこと」にされると思う。

 そして、陰陽導師と、毒の状態異常に下降修正がかかるはずだ。


 多分だけど、陰陽導師の魔法の重ねがけの禁止、毒ダメージの数値上限の設置。

 そして、ぶっ壊れアイテム〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟が使用禁止アイテムになると言った所だろうか。


 残念?


 いや、まったくもって残念じゃない。むしろ「良かった」って思っている。

 M・M・Oメリーメントオンラインの致命的なゲームバランスの崩壊を、、未然に防ぐことができたからだ。


 俺は知っていた。この仕様の穴を、夏休みに入った数日後に気がついてしまっていた。

 だから運営のお問合せフォームにそのことを説明したんだけど、翌日に届いたメールはこんなことが書かれてあった。


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 いつもM・M・Oメリーメントオンラインを遊んでいただきありがとうございます。


 お問合せの件についてですが、誠に申し訳ありませんが、ゲームシステムや攻略に関する質問にはお答えできかねます。


 これからも、M・M・Oメリーメントオンラインをよろしくお願いします。


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 つまり、とてもていねいにかしこまった文章で「どうでも良い」って言われたのだ。

 たしかに、今まではどうでも良い仕様だった。

 だって、超絶不人気クラスの陰陽導師を使っている人なんて、ほとんどいなかったから。


 じっさい、陰陽導師を必要以上にやり込みまくっている、ぼっちでヒマを持て余している俺くらいしか、この仕様の穴に気がついていなかったようだし、気がついた俺も、今まではソロプレイヤーだからこのチートプレイを再現することは不可能だった。


 これは、超人的ゲームセンスを持つ二帆ふたほさんと、圧倒的ぼっちのセンスを持つ俺、引きこもり姉弟がタッグを組んだから見つかった仕様のヌケだ。

 あと、あまりの不人気クラス、陰陽導師を救済するために、チート級アイテムのレシピが投下されたから見つかった仕様のヌケだ。


 このふたつの条件がそろわないと、この不具合がおおやけになるのは、もっともっと遅かったと思う。


 俺は、ダイニングで俺の母さんが作ってくれたトーストと黄身の色が強めのオムレツを食べながら、スマホで、M・M・Oメリーメントオンライン公式サイトをリロードしまくっていた。運営のコメントを確認したいためだ。


「……スーちゃん、ちょっと、お行儀が悪いと思うなー」


 一乃いちのさんだ。


「せっかくお母さんが美味しい朝ごはんを作ってくれているんだからー。

 お姉ちゃんは、スーちゃんや、みんなと楽しくおしゃべりしながら朝ごはんを食べたいなー。ダメ?」


 一乃いちのさんは、ほっぺたに指をあててニコニコしながら、でもまゆを下げて。まるで困った子犬のようなうるんだ瞳で俺をじっと見ている。

 そのとおりだ、一乃いちのさんの言う通りだ。俺はさっきからしかめっつらでスマホばっかりいじって……ちょっと非常識だった気がする。


 おれは、スマホをポケットの中にしまうと、


「ごめんなさい、一乃いちのさん」


と返事をした。


「もー、まだお姉ちゃんってよんでくれないのー?」

「だ、だって、恥ずかしいから……」

「スーちゃん、パパとママのことは、ちゃーんと〝パパ〟と〝ママ〟って呼んでるのに……わたしだけずるーい!」


 一乃いちのさんが再び困り顔をする。でもこんどはほっぺたをぷっくりとふくらませて、悶絶するくらい可愛らしい困り顔だ。ずるい。


「ふ、二帆ふたほさんも、二帆ふたほさんって呼んでますよ!」

「フーちゃんに聞いたもん! スーちゃんに一度だけ〝姉〟って呼ばれたことがあるって! わたしは一回もないもん! フーちゃんだけずーるーいー! ねぇおねがい! おねーちゃんって呼んで? ね?」


 ずるい。一乃いちのさんに、こんなにも可愛くせがまれてしまうと、ついつい〝お姉さん〟って呼んでしまいそうになる。誘惑に駆られてしまう。


 でもだめだ! 我慢だ!!

 公務員になって、一乃いちのさんに告白するまでは我慢だ!


(ちなみに、父親と母親が二人いるこの環境がややこしすぎるので、俺の両親は〝父さん〟と〝母さん〟、一乃いちのさんと二帆ふたほさんの両親は〝パパ〟〝ママ〟と呼ぶルールになった。出会って間もない人を、〝パパ〟〝ママ〟って呼ぶのは、ちょっと、いやかなり恥ずかしいけど、やむを得ない)


 ピロリンピロリンピロリン!


 玄関のチャイムがなった。すかさず、仁科にしな……じゃない……ママ……がインタホンにでる。インタホンから、わかい女性の声が聞こえる。


『おはようございます。武蔵むさしですけど。二帆ふたほさん準備できていますか?』

「あら! 武蔵むさしさん!! いつもご迷惑おかけしてもうしわけありません。すぐ行かせますので」


 ……ママは、そう言ってインタホンからはなれると、3階の階段に向かって大きな声をだした。


二帆ふたほ! 武蔵むさしさんが迎えに来てくださったわよ。すぐに玄関に行きなさい!」

「わかったのだー」


 3回から二帆ふたほさんの声が聞こえてくる。そしてすぐに階段をトントンとリズミカルに降りてきた二帆ふたほさんを見て、俺は息をのんだ。


 キャップをかぶったボーイッシュなファッションだけど、体のラインがハッキリとわかる、セクシーなノースリーブのトップスとタイトなパンツで、ジャケットとセンスの良いバッグを小脇にかかえている。


 カッコイイ……。


「ご飯は?」


 ママが二帆ふたほさんに聞くと、


「現場の差し入れがあるのだ〜」


と言って、そのまま一階まで降りていった。


「やれやれ、こまった子ね。きっと、仕事先で大好きなお菓子を食べまくるハズよ。ニキビが出来てもしらないんだから」

「まったくだ。もう少し人に見られる仕事だってのを自覚してもらいたいよ」


 ママがため息をつくと、マッチョコケシのパパがあいづちをうった。パパとママ、今日は随分と仲がいい……って、いやいやいや! そんなことよりも!!


 二帆ふたほさんって仕事をしていたんだ!!


 今まで勝手に無職だって思っていました。

 「はいたら負け」で「働いても負け」って思っている人だと思っていました。


 ……二帆ふたほさん……ごめんなさい。

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