第11話 ゼロ距離なスナイパー。ーGー

「それじゃ、素材を渡すのだ」

「ありがとうございます」


 俺の〝ロンリー〟は、二帆ふたほさんの〝フーター〟から、〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟と、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟の素材を受け取る。

 そして、〝フーター〟のいでたちが、昨日とは随分と変わっているのに気がついた。ワイヤーガンとショートソードの二刀流から、おっきなスナイパー銃を背負って、両腕に爪を装備している。そして、口もとを隠した覆面をして、カーキ色の忍び装束をまとっている。背中とか、ふとももとかむき出しで、忍ぶ気配が全く感じられない、軽装で露出極まりない装束だ。


「クラス、シノビスナイパーに変えたんですね」

「そーなのだー。エリアルハンターだと、キツネをハメころせないのだ」


 今日、挑戦するボスは、キツネ……正式名称〝リトルヨウコ〟。九尾の狐の子供の設定のボスだ。尻尾がふたつあるキツネ型のボスで、空中に浮かされると、ふたつの尻尾をプロペラのように回して緊急回避をする。浮かしてからの空中コンボがダメージ源のエリアルハンターでは明らかに不利なモンスターだ。


「確かに、シノビスナイパーは、〝リトルヨウコ〟と相性いいですもんね」

「そーなのだー。あとこの〝ダブルインパクト〟ってスキルがかっちょいい!」

「確かに、ロマンありますよね!」


 シノビスナイパーは、俺の使っている陰陽導師と同じ、大幅アップデートで追加されたクラスで、かなり人気が高い。

 通常のスナイパーよりも射程も威力も劣るけど、素早い動きと背景オブジェクトに変装する〝隠れみの術〟で、モンスターからのヘイト値を低下させることができる。そして敵が自分の関心から外れたところで、ミドルレンジからスナイプをするという、全く新しい攻撃スタイルが人気になっていた。

 そして、シノビスナイパー固有のスキル〝ダブルインパクト〟が、M・M・Oメリーメントオンラインの上級者をことさらに夢中にさせていた。


 一度攻撃を与えた場所に、もう一度攻撃を与えることで追加ダメージが付与される。


 この効果は、毒や麻痺などの状態異常系の効果にも適応され、今までM・M・Oメリーメントオンラインでは空気のような存在だった「状態異常」の概念を、第一級の戦術に昇格させた。(運営すごい!)


「あ、でも二帆ふたほさんって、ひょっとして遠距離系のクラス、使ったこと無いんじゃ無いですか? その銃、初期装備ですよね?」

「そーなのだー。だからフーちゃんはこれでキツネをぬっころす!」


 そういって、モニターの中の〝フーター〟は、爪を「ジャキン!」とかまえた。


「あ、爪使いだった時もあるんですね? クラスはインファイターですか?」

「イグザクトリー!」

「俺も使ってました。楽しいですよねインファイター。あ、でもシノビスナイパーには〝アイキ〟も〝カウンター〟もないから、爪で直接攻撃ってのは流石に厳しく無いですか?」


 インファイターは、その名の通り、近接攻撃に特化したクラスだ。

〝アイキ〟は、スキルを先行入力することで、敵の攻撃を受け流すことができる防御スキル。

〝カウンター〟も、同じくスキルの先行入力で、敵の攻撃を紙一重でかわして弱点を攻撃するスキルだ。(カウンターヒットからのダッシュコンボがアツイ!)

 インファイターは、この「先行入力」が本当に楽しい。敵の攻撃パターンを入念に解析することで、まるでアクションスターのように華麗な攻撃ができる。


「フーちゃんは、〝アイキ〟も〝カウンター〟も使わなかったのだ」

「え? でもそれないとキツすぎません??」

「難しすぎて使えなかったのだ……フーちゃん、攻撃パターンなんておぼえられないもん……」

「でも、〝アイキ〟くらいは使いこなせないと、至近距離で攻撃を避けるのが無理じゃ無いですか?」

「大丈夫だ。問題ない! 攻撃を見てから「キアイ」で避ければいいのだ!」


 二帆ふたほさんは、VRゴーグルをかぶりながら胸をはった。だるんだるんのパーカーから、その形の良いおっぱいのシルエットがうかびあがる。


 なんてこった。スキルを使わずに基本操作だけで戦うなんて人間技じゃない! ん? でもまてよ……てことは……。


「そんじゃ、ボスミッション始めマッスル! ポチッとな」


 俺が考え事をしていると、二帆ふたほさんは勝手にミッションを始めてしまった。

 たちまち観客モードにはどやどやとギャラリーが集まってくる。


『おお! フーターがクラス変えている』

『シノビスナイパーか!』

『確かにキツネは、エリアルハンターじゃキツイもんな』

『でも、あのライフル初期装備だぞw』

『ひょっとして、フーター、シノビスナイパー使うの初めてか?』

『さすがフーター! 俺たちにはできないことを平然とやってのける!』

『そこにシビれる!』

『あこがれるゥ!』


 さすがトッププレイヤー。すごい人気だ。

 そしてその人気の秘密は、二帆ふたほさんの自由奔放なプレイスタイルにあった。つまり、めちゃくちゃ観覧映えするってことだ。


『お、今日は、ぼっち導師も最初から参戦か』

『オレはこいつ見にきた。今日もチート魔法をみせてくれ』


 どうやら、昨日のトリプルオーバーキルで、俺もそこそこ名がしれたらしい。

 ちょっと嬉しい。


 〝フーター〟と〝ロンリー〟は、退屈な道中を軽快に進んでいき、ボスが生息する洞窟へと侵入する。


 洞窟の中は、12個の松明が壁に等間隔に設置されていて、中央には、ちいちゃいキツネがガクブルと震えている。こいつが〝リトルヨウコ〟。一見、とっても弱々しい。

 実際、こいつ自身にはたいした攻撃能力はない。だけど……


 コーン!!!


 〝リトルヨウコ〟が声をあげると、突然、松明の前に三枚のふすまが浮かんだ。そしてその三枚のふすまが同時に開いて、モンスターが召喚される。


 ガオオオ!

 ヒヒーン!

 ガルルルゥ!


 虎、馬、そして狼のモンスターだ。


『でた! 干支えと召喚!』

『幻獣を無限召喚するキツネに、たったふたりでどうするつもりだ?』

『めっちゃ気になる!!』

『がんばれ フーター!』

『がんばれ ぼっチート導師!』

『ぼっチート導師w』

『うまいw』

『がんばれ ぼっチートw』


 大量のギャラリーが一定にはやし立てる。

 正直言って、こんな大量のギャラリーの中、ゲームをするのは昨日が初めてで、今日はまだ二回目だ。

 でも、昨日のハリネズミ戦は途中参加だったし、注目されているのは、ほとんど〝フーター〟だった。

 でも、今日はちがう。俺もほんのちょっとだけど注目されている。


 俺は、コントローラーを持つ手が震えていた。でも、不思議と緊張はしていなかった。

 

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