第10話 ゼロ距離な階段。

 キーンコーンカーンコーン

 校庭にチャイムが響きわたる。


「……それじゃあ荻奈雨おぎなう先生、俺、帰ります」

「わかったー。気をつけて帰ってねー」


 俺は、一乃いちのさんにあいさつをして保健室を出た。

 ついつい早足になってしまう。一刻も早く家に帰ってM・M・Oメリーメントオンラインを遊びたいからだ。


 何故って?


 それは昨日、念願の〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟と、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟の「レシピ」を手に入れたからだ。


 ボスをオーバーキルしたときに初回限定で獲得できるボーナスアイテム〝北斗星のかけら〟。それを7個集めると、数量限定のレシピと交換できる。

 オーバーキルには三段階の判定があって、それぞれ条件と報酬は以下の通り。

—————————————

シングルオーバーキル

 条件:ボスのHPの最大10%以上の超過ダメージ

 報酬:北斗星のかけら1個

ダブルオーバーキル

 条件:ボスのHPの最大30%以上の超過ダメージ

 報酬:北斗星のかけら3個

トリプルオーバーキル

 条件:ボスのHPの最大50%以上の超過ダメージ

 報酬:北斗星のかけら5個

—————————————

 そして、集めた14個の〝北斗星のかけら〟(既に持ってた5個+昨日ゲットした9個=14個)で、ノドから手がでるほど欲しかった〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟と、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟のレシピを一気にふたつもゲットできた。


 しかも、既に二帆ふたほさんが素材を集めてくれている!

(集めるの結構大変なはずなんだけど……ひょっとして徹夜?)


 M・M・Oメリーメントオンラインには「生産職」って概念はない。生産に必要なレシピをゲットして、必要素材を集めてさまざまな武器や防具、アイテムを「製造」するのがこの醍醐味のゲームだ。

 だから、基本無料のM・M・Oメリーメントオンラインで、30日間「アイテムドロップ確率アップ」の効果を受けることができる〝ドロップブーストパスポート〟は、継続的に遊んでいるユーザーはほぼほぼ購入する。

(しかも毎日の追加ログインボーナスまでもらえる! お得だ!)


 ん……? なんだか話がずれてしまったけど……とにかく!

 昨日の期間限定ウルトラチート魔法、〝16倍庚辰かのえたつ〟によってトリプルオーバーキルに成功し、運良く〝北斗星のかけら〟を9個もゲットできた。

 そして、〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟と、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟が使えるようになった。


 俺は、はやくその効果を確かめたい気持ちをおさえながら、自転車に乗って坂道をくだった。

 目の前には見渡す限りの美しい水平線が広がる、そして自転車に乗って下る坂道でほほに感じる潮風は、九月上旬の、まだまだ暑さがきびしいこの時季には最高に心地がよい。

 ああ……我が学舎まなびやはなんて素晴らしい立地なんだろう。


 俺は満面の笑顔で、この長い長い下り阪を、ブレーキをほどよく握りしめてくだってく。そしてそのまま自転車をかっ飛ばして帰路についた。


「ただいまー」


 俺は元気よく声をあげる。すると、トントンとリズムカルな音を立てて、階段をおりる音が聞こえてくる。二帆ふたほさんだ。


「スーちゃん! おっかえりー!」


 二帆ふたほさんは、昨日とは色違いの、おっきめのだるんだるんのパーカー姿だ。スラリとした生足がふとももまでむきだしになっているけど、下に「はいている」かどうかはわからない。


「……二帆ふたほさん、ちゃんとパンツをはいていますよね?」


 俺は、自分の保身のために質問した。これ以上、二帆ふたほさんの、ここには書いてはよろしく無いところを直視してしまうわけにはいけない。心臓に悪い。寿命がちじんでしまう。


「安心してください。はいてませんよ!!」


 二帆ふたほさんは、全く安心できないことを言って「ガバッ」とパーカーのすそをめくった。


「ちょ! やめてください!!」


 俺は務めて冷静にな顔をして返事をした。そして、しっかりと安心できないところを凝視していた。

 しかたない。俺は男なのだ。非モテなぼっちな男の子なのだ。

 しかたない。ああしかたない。しかたない。


「ん?」


 でもそこには俺が期待していた光景はなかった。二帆ふたほさんは、だるんだるんのショートパンツをしっかりとはいていた。


「にゃははは! ざーんねーんでしたー。スーちゃんのむっつりスケベ!!」


 二帆ふたほさんは、猫のように瞳をまんまるにしてニヨニヨと笑っている。


「ちょ! やめてください!!」


 俺は今度は本気で言った。顔が熱い。耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。


「パンツははいたら負けだけど、スエットは問題ないのだ!!

 そして、そんなどうでも良いことよりも、M・M・Oメリーメントオンラインを遊ぼう、すぐに遊ぼう!!」


 どうでも良くはないと思うけど……。


 ツッコむ間もなく二帆ふたほさんは、くるんと回って階段をトントンとリズミカルにのぼっていく。俺もそのすぐ後をのぼっていった。三階にある二帆ふたほさんの部屋に行くためだ。


 すると、二帆ふたほさんのだるんだるんのスエットショートパンツは、ドンドンとずり落ちていって、ここには書いてはよろしく無いところが、とんでもないアングルで丸見えのもろみえになった。


「あ、ぬげちゃったのだ!!」


「ちょ! や、や、や、やめてください!!」


 俺は、心臓を高鳴らせながら、息も絶え絶えに返事をした。 

 そのすばらしくも神々しい光景を、しっかりはっきりと凝視しながら、息も絶え絶えに返事をした。 

 やむ得ない。俺は男なのだ。非モテなぼっちな男の子なのだ。

 やむ得ない。ああやむ得ない。やむ得ない。


 俺は、この素晴らしい光景を、頭の長期保存領域に永久保存した。鍵をかけてしっかりと保存した。


 

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