第9話 ゼロパーセントな保健室。

 俺が保健室登校を始めたのは、一年生の二学期の中頃。きっかけは文化祭だった。

 生徒の自発的なコミュニケーションが必要となるイベントで、とても自発的な三月みつきの発案で、文化祭の出し物のメイド喫茶をやることが決まった時だった。


 俺は、三月みつきに半ば強引に誘われて調理スタッフになった。俺と三月みつきは、フレンチトーストを焼くのに夢中になった。すぐに家に帰って、ふたりでフレンチトーストを焼く練習をする。


 それがマズかった。とんでもなくマズかった。


 マズかったのは、フレンチトーストではない。そのだ。

 そもそも、頭の悪い俺は気づくことができなかったんだ。


 とんでもないくらいの美少女の三月みつきを、厨房スタッフにしていいわけがない。うちのクラスの出し物はメイド喫茶なのだ。とんでもないくらいの美少女を厨房に押し込めていいわけがない。


 そこからは、あっという間に悪い噂が広まって、俺が三月みつきを言いくるめて、厨房スタッフをやるようにしたことになっていた。


 結局、色々あって、とんでもないくらいの美少女の三月みつきが看板娘をつとめるメイド喫茶はめちゃくちゃ繁盛して、三月みつきを厨房スタッフにしようとした俺はめちゃくちゃ叩かれた。

 そもそも、フレンチトーストのクオリティなんてどうでもよかったんだ。文化祭のメニューの味に期待する人なんかどこにもいないんだ。みんなが期待しているのは、ミニスカートのメイド服でけなげにご奉仕するJKメイドさんなんだ。


 事実、JKメイドの三月みつきはめちゃくちゃ可愛かった。アニメのキャラクターの、胸元とかスカートの丈とかが、ギリギリのスレスレのメイド服に身をつつんだ三月みつきは、とんでもなく可愛かった。

 そして、まるでリスみたいにちょこまかと動いて、健気にご主人様にご奉仕する三月みつきはとんでもなく人気があった。

 チェキとメイドさんの「おいしくなるおまじない」がセットになったスペシャルパンケーキは、ちょっとエグいくらいの収入を記録して、クラスメイトのふところをホクホクとあたためた。


 そして、そのを、つまりは天使のような三月みつきのご奉仕を独り占めしようとした俺は、めちゃくちゃ叩かれた。俺は、女子にそそのかされたウエイな男子生徒に、よってたかってふところ……じゃないみぞおちをボロボロになるまで殴られた。


 ・

 ・

 ・


 うん、やめよう。ネガティブな話はやめよう。今、思い出しても、ポロポロと涙がこぼれてしまう。もっとポジティプな話をしよう!


 そう、ポジティブな話だ!!


 なぜなら、俺は今、めちゃくちゃ幸せだからだ!!!


「はーい。では出席をとりますー」


 バインダーを持った一乃いちのさん……荻奈雨おぎなう先生が、ほがらかな声をあげる。


かぞえすすむくん!」

「はい」

「今日もよく登校できましたー。えらいえらい」


 荻奈雨おぎなう先生が、俺ひとりのためだけに出欠をとってくれる。


「そして、今日は特別大サービスですー。いいこ。いいこ」


 そう言って、俺の頭をなでてくれた。うれしい。もう、めちゃくちゃうれしい……んだけど、それを顔に出したらマズイ! 俺は務めて冷静にな顔をして返事をした。


「ちょ! やめてください!!」

「えー、なんで? スーちゃん、朝はあんなに喜んでたのにー」

「だ、だから、学校では、今まで通り、かぞえって呼んでください」

「はーい」

「本当に……たのみますよ」


 俺は、一乃いちのさんに背中を向ける。顔がにやけるのを見られないようにするためだ。大好きな一乃いちのさんに「いいこいいこ」されるんだ。嬉しくないわけがない。なんなら学校にいる間中、ずっと「いいこいいこ」されつづけてもいいくらいだ。

 俺は、顔がにやけてしまうのを必死でこらえつつ、今日の時間割どおりに、課題のプリントをやる。そして、すべてやりきったら一乃いちのさんに手渡す。


「はいー。よくできましたー」


 授業時間が終わるたび、一乃いちのさんがプリントを回収して、答えを見ながら採点をしてくれる。


「わー。かぞえくん、また百点だー。すごい、すごーい」


 一乃いちのさんは、プリントで高得点を出すと、犬のような瞳をキラキラさせながら、俺のことをほめてくれる。ああ、癒される。一乃いちのさんの笑顔は癒される。

 俺は、この一乃いちのさんの笑顔を拝みたいがためだけに、真面目に勉強をしている。

 おかげ様で、授業を一切受けなくても、中間や期末テストは結構健闘できる。上位20%には楽勝ではいれる。


 はっきり言ってしまうと、普通に授業を受けていたら、こんなにも成績はよくないと思う。


 もう、いいことずくめだ。保健室はパラダイスだ。


 キーンコーンカーンコーン


 そして、本来ならば最高のパラダイスになるはずの、お弁当の時間がおとずれる……はずなんだけども。


 ガラリ


すすむー、荻奈雨おぎなう先生! お昼、一緒に食べよ」

「あー、十六夜いざよいさんー。食べる食べる。あ、今日は購買のパンなんだねー」

「わたしと、スーちゃんはおべんとうだよー。スーちゃんのお母さんがつくってくれたのー」

「え? スーちゃん?? てか、なんで荻奈雨おぎなう先生のお弁当を、すすむのお母さんが作っているの?」

「それはー……」


 一乃いちのさんは、あっけらかんと、今日、登校するときに三月みつきにはひた隠しにしていたことを話し始めた。

 よっぽどうれしいのか、ときどきぴょんぴょんと飛び跳ねて、しばって前にたらしたウエーブがかった栗色の髪の毛が犬のしっぽみたいに左右にゆれている。


 三月みつきは、しばらく首をかしげて考えた後、疑問系で聞いてきた。


「つまり、すすむ荻奈雨おぎなう先生は、姉弟になったってこと?」

「ピンポンピンポン! スーちゃんはわたしのカワイイ弟くんなのー」


 そう言って、一乃いちのさんは、俺に抱きついてきた。人肌で、やわらかで、とってもいいにおいの、超高級の低反発素材のおっぱいが俺の腕に密着する。


 やばい、この状況は本当にヤバい! 一乃いちのさんが、俺のお姉さんって既成事実を着々と築き上げられている。それだけは絶対にやばい。


 俺は知ってるんだ、たとえ義理でも

 いや法律上は問題ないけど、世間体がある。


 だから、俺が一乃いちのさんの弟という既成事実をつくられるのだけは、断じて回避したかった。だって俺は、一乃いちのさんにふさわしいリッパな大人になって、手堅く公務員になって安定した収入を得て、一乃いちのさんに告白して、結婚したいのだから。


 ただでさえ、この無理ゲーな野望が、とんでもない低い成功確率が、姉弟なってしまうと、もう〝永遠のゼロ〟になってしまう。俺は、それだけは絶対に阻止したかった。


----------------------------------------

 なかがき

----------------------------------------

 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 めっちゃうれしいです。


 ちょっと変わったVRMMOモノが書きたく、主人公がVRゴーグル酔いをするので装着できないという変化球なVRMMOモノになりました。


 ゲーム半分、お色気半分くらいの割合で、ラブコメをしてく所存です。


 ちょっとでもお気に召されましたら、ブックマーク、そしてお星さまを戴きたく存じます。私の煩悩の源は、みなさまのお星さまでございます。


 なにとぞ、よろしくおねがい致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る