第8話 ゼロ距離な幼馴染。

「行ってきます」

「行ってきまーす」


 俺と、一乃いちのさんは、一緒に家を出た。


「それじゃー、わたしは先に行ってるからー」


 ヘルメットをかぶって、おしゃれな原付のバイクに乗った一乃いちのさんを見送りつつ、俺は自転車にまたがる。

 家から学校までは5キロほど。30分弱の道のりだ。かっ飛ばせばもう少し早く着くのだけど、まだまだ時間がある。そして、かっ飛ばしたくない理由が、ラスト500メートルのところにある。

 海沿いの高台に建てられた高校に行くためには避けては通れない心臓破りの坂だ。海岸沿いに合わせて、ゆっくりとカーブを描いたその坂は、そこまでの急勾配ではない。でも、つよい浜風にあおられると、自転車は一向に進まなくなる。


 俺は、向かい風になる坂の中腹で自転車を降りると、押して登り始めた。

 見渡すかぎりの水平線が美しい。と、思ったのは高一の4月の時までだ。今ではこんな見晴らしの良い場所に高校を立てた人がにくたらしい。


「おはよう!」


 自転車を押していると、背中から声をかけられた。

 ちょっと怒った感じの声だ。

 声の主は、十六夜いざよい三月みつき。昨日まで住んでいた俺のマンションのお隣さん。つまりは元ご近所さん。そして幼馴染だ。

 俺を見つけて、追いかけてきたんだろう。向かい風の坂道を自転車でのぼってきたもんだから、大きく息を切らして、肩までのボブのかみが揺れている。

 三月みつきは、自転車からおりると、ある意味当然の質問を俺になげかけてきた。


「ちょっと、すすむ。何いきなり引越ししてんのよ! 聞いてないよ!」

「俺も、聞いたの昨日なんだよ。その……両親が離婚して」

「え……そ、そうなんだ。ごめん、アタシ、デリカシーなかった」

「いや、いいよ。で、昨日から両親の再婚相手の家に住んでいる」

「おじさんとおばさん、どっちについて行ったの?」

「それがむずかしいんだよな……実はまだ決めてなくて……」


 俺は、長い坂道を自転車を押しながら、ちょっと説明がめんどくさい家庭の事情を説明した。うまく説明ができなくて、何度も質問責めにあいながら、なんとか三月みつきに説明し終えた時には、学校の校門をくぐっていた。


「ふーん……いまだにちょっと何言ってるか、わかんないけど、ま、当人同士が幸せならいいの……かな?」


 三月みつきは、しきりに首をかしげながら、どうにかこうにか状況を飲み込もうとする。当然だ、俺だって、未だに今、自分が置かれている状況を飲み込みきれていない。


「でもまあ、安心したよ。アタシ、なんかヤバい状況におちいって、夜逃げでもしたんじゃないかって心配したんだよ!」


 三月みつきは、口をとがらせながら、自転車を自転車置き場に停めた。


「あー、確かに、普通はそうかんがえるよな……ごめん」


 俺は、三月みつきに頭を下げながら、自転車を自転車置き場に停める。そして、保健室に向かおうとしたら、


「やっぱり……教室には行かないんだ……」


って、三月みつきがさみしそうに言った。


「どうして? ひょっとして、イジメ?」

「そんなんじゃないよ」

「じゃあ、どうして……」

「集団行動になじめないってだけ」

「ずっと、そんなこと言って、すすむ、アタシに何か隠しているでしょ!」

「隠していない……」

「いや、絶対隠してる! 高校に入ってからのすすむ、おかしいもの」

「何も隠してなんかないって!!」


 俺は後悔した。うっかり、語気が強まったのを後悔した。


「そう……でも、本当に、困っていたら相談して? アタシが力になるから……」


 そう言って、三月みつきは、2年2組の教室へと向かっていった。

 俺は、三月みつきに背を向けて、保健室へと向かう。


 言えっこない。俺がイジメにあったなんて。

 しかもその原因が、当の三月みつきにあるだなんて。


 三月みつきは、美少女だ。もう、とんでもないくらいの美少女だ。

 なんで自覚がないのかわかんないけど、めまいがするくらいの圧倒的な美少女だ。

 そんな美少女と、なれなれしく話す幼馴染の俺が、いい顔されるわけがない。


 はっきり言おう。俺はイジメられていた。そして、教室に戻ると、またイジメられる。圧倒的な美少女の三月みつきと馴れ馴れしく話す俺は、またハブられるに決まっている。


 男子のイジメは可愛いもんだ。でも、女子のいじめはなかなかにキツい。というか正確には、女子の陰口をまに受けた男子が、俺をイジメるのだ。

 圧倒的な美少女と全くもって釣り合わない、付き合うに値しない、いや、会話するにも値しない俺に、三月みつきは、距離感ゼロで親しげに話しかけてくるのだ。


 それが、クラスの女子達はとにかくお気に召さないらしい。


 こんな悩み、三月みつきに言えっこない。三月みつきは、めちゃくちゃ正義感が強いんだ。曲がったことが大嫌いなんだ。

 俺がイジメられてるなんて分かったら、話がややこしくなる。しかも原因が当の三月みつきにあると知ったらさらにややこしくなる。

 だからもう決めたんだ。俺は高校三年間を保健室登校で卒業する。


 かわいそう?


 いや、全くもって全然。だって知ってるだろう? 保健室に居るのは……


 ガラリ


 俺が、保健室のドアをあけると、その人は犬のように黒目がちな瞳をキラキラさせながら声をかけてきた。


「あ、スーちゃんだー。おはよう!」

「お、荻奈雨おぎなう先生! 学校では苗字で呼んでください!!」

「あー、そうだった。ごめんごめんー」


 そう、保健室には、〝癒しの聖母〟こと、荻奈雨おぎなう一乃いちの先生がいるのだから。俺が絶賛片思い中の、一乃いちのさんがいるのだから。

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