第7話 ゼロ距離な朝ごはん。

「おはようございます」


 一乃いちのさんがもたらした、ちょっとありえないくらいのラッキーで、HPゲージが点滅してしまった俺は、フラフラになりながら夏服の制服に着替えて二階のダイニングに行った。


「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」


 俺の父さんと母さん、そして、俺の父さんか母さんになるかもしれない(元)仁科にしな夫妻が一斉にあいさつをする。ちょっとややこしい。


 そして朝食もややこしい。俺の父さんと再婚したメガネクール美人の仁科にしなさんは、俺の母さんの作ったトーストと黄身の色が強めのオムレツを食べている。

 俺の母さんと結婚した鋼鉄のコケシにそっくりなマッチョの仁科にしなさんは、たくさんのバナナと白身だけの巨大なオムレツを食べている。


「おはようございます」


 一乃いちのさんもダイニングにやってきた。俺がいつも学校で見ている、センスの良いワンピース姿だ。やわらかく低反発なおっきな胸が目立たない、自然派ナチュラルなファッションだ。(学校ではこの上に白衣を羽織っている)


 俺は、一乃いちのさんといっしょに、母さんが作ってくれたトーストと黄身の色が強めのオムレツを食べはじめた。

 俺は、父さんたちも飲んでいるコーヒーをコーヒーメーカーから注いで、一乃いちのさんは、なんだか健康に良さそうなハーブティーを自分で淹れて飲んでいる。


「お母さん、すみません、こんな大人数の朝ごはん……大変ですよねー。明日からはわたしもお手伝いしますから……」


 一乃いちのさんは、肩をすくめてすまなそうに言った。


「いーの、いーの、一乃いちのちゃんは働いているんだから、朝は忙しいでしょ? わたしは専業主婦なんだから、これくらいは当然!

あ、でも……晩御飯は一乃いちのちゃん一緒に作りたいな?」

「もちろんですー!」


 一乃いちのさんは、まるで犬みたいに黒目がちな瞳をぱあっと輝かせて喜んだ。


「えへへー! お母さんと一緒に作る料理、たのしみだなー!」


 ああ、癒される。なんて癒される微笑みなんだろう……。


 〝癒しの聖母〟こと、保険の荻奈雨おぎなう先生の癒しの微笑みを、保健室以外でも拝めるなんて、家の中でも拝めるなんて、俺はなんてラッキーなんだろう。

 そして、夜には保険の先生である一乃いちのさんが母さんと一緒に作った家庭料理が食べられる。俺はなんてラッキーなんだろう。

 俺は、母さんが作ってくれた、黄身色が強めのオムレツを、えも言われぬ多幸感を感じながら噛みしめた。


 俺はうれしかった。


 なにより、お母さんと一乃いちのさんが、すっかりうちとけているのがうれしかった。とっても自然で、いたって普通の距離感の。なんとも和やかな朝の風景だ。俺は、とにかくそのことが本当にうれしかった。

 俺は、最高の幸せを感じながら、ブラックのコーヒーをコクリと飲んだ。


「おはヨーロッパ!」

「ブっ!!」


 俺は、口にふくんだコーヒーをしたたか吹き出した。

 二帆ふたほさんだ。二帆ふたほさんが一糸まとわぬ姿で颯爽とダイニングに現れたからだ。おっぱいも、ここには書いてはよろしくないところも、まるみえのモロみえだ。なごやかなダイニングは、にわかにデンジャラス空間になった。


「パパ、フーちゃんのスタイルをチェックしてほしいのだ」


 二帆ふたほさんがスタイルの良い胸をはって仁王立ちすると、二帆ふたほさんのお父さんは、モリモリと食べていたバナナをダイニングテーブルに置いて席をたった。

 そして、二帆ふたほさんの体を真剣な表情でながめている。腕を組み、前から、横から、後ろから、しげしげと見つめると、今度は両手で腰をさわって、太ももも両手でさわって、最後にふくらはぎをさわった。


 なにこれ?


「うん、悪くはないと思うよ。ただ、ふくらはぎはもうちょっと引き締めたほうがいい。ワークアウトメニューにフロッグジャンプをとりいれてみたらどうだい?」


「フロッグジャンプ? そういうのもあるのか! ちょっとやってみよう!」


 そう言うと、二帆ふたほさんは、頭の後ろに手をやると、おもむろにしゃがみこんで足を「ガバッ」とこれでもかと開くと、その場でピョンピョンとカエル飛びをはじめた。

 ここには書いてはよろしくないところが丸見えのもろ見えで、はりのあるおっぱいは、たゆんたゆんとゆれている。


「ちがうちがう! それじゃあ、ヒザを壊してしまうよ!」


 二帆ふたほさんのお父さんは、とても厳しい表情で、二帆ふたほさんをピシャリとしかりつけると、お手本を見せ始めた。


「いいか、フロッグジャンプってのは、こう中腰で胸を張って、肩幅より少し広めに足を開いて……」


「いいかげんにしなさい!」


 メガネクール美人の二帆ふたほさんのお母さんが、銀縁のメガネをスチャっと構えて、ふたりをピシャリとしかりつけた。


「今は朝ご飯の時間です! 食事が終わってからにしなさい!!」

 

「……はーい」

「……はーい」


 怒られたふたりは、しょんぼりとする。二帆ふたほさんのお父さんなんて、ガクブルに震え上がって小さくなっている。


「それから二帆ふたほ! ダイニングで全裸なんて、いくらなんでも非常識よ! パンツをはかないのはいいとして、せめて、人前に出る時はパーカーくらいは羽織りなさい! 親しき中にも礼儀ありでしょ!!」


「わかったのだ……」


 二帆ふたほさんは、三階にある自分の部屋にもどっていこうとすると、おもむろに振り向いた。


「あ、スーちゃん、〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟と、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟の材料集めといたのだ。あとで遊ぼう!

 今日は、キツネをぬっころすのだ!」


二帆ふたほ! ゲームの話は、すすむくんが学校から帰ってからにしなさい!」

「……はーい」


 二帆ふたほさんは、しょんぼりしながら、トントンと階段をあがって行った。

 どうやら、この家のカーストは、メガネクール美人の仁科にしなさんが頂点に君臨しているらしい。うん、俺もなるべく逆らわないようにしよう。


 そして俺は思った、「パンツをはかないのはいいとして」っておかしくない?


 パンツははいてくれないと困る。安心できない。心臓に悪すぎる。

 もしかしてだけど、二帆ふたほさん、「はいたら負け」って、本気で思っているの? パンツをはかないのに、そんなに強いこだわりがあるの??


 なにそれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る