第6話 ゼロ距離なモーニング。

 夢を見ていた。俺はなんだか知らないけど雲の上にいた。


 雲の上は、めちゃくちゃ、やわらかくて、めちゃくちゃ、あたたかかった。

 なかでも、ほっぺたに当たる雲は、とびきりにやわらかくて、とびきりにいいにおいで、ちょっとさきっぽがかたかった。


 俺は雲の上で顔をうずめていた。ほっぺたに当たる雲はふたつで、俺はそのくもに挟まれた。そして俺は、雲の中にひきずりこまれていった。

 

 い、息が、できない……!?


 ・

 ・

 ・


「……! う、うぶぶぶぶ!?」


 おれは、窒息しそうになって目が覚めた。

 

「……なんだこれ!?!?」


 俺は、おっぱいに挟まれていた。目の前には、おっきなおっぱいがある。きれいで思わずさわりたくなるおっぱいが、目の前に広がっている。俺の頭は、目の前のおっぱいで、もういっぱいいっぱいだ。おっぱいで、大混乱だ。


「んー、あー……もう朝か。ふわぁあああ」


 え? この声知っている。なんで。

 俺は、この声の主を知っていた。そしておっぱいの持ち主を知っていた。

 なぜなら、学校で毎日聞いている声だったからだ。毎日、学校で、出席をとってくれる保険の先生だったからだ。


「おはよう、かぞえくん」

「お、おおお、おはようございます。荻奈雨おぎなう先生」


 先生の名前は、荻奈雨おぎなう一乃いちの

 保健室登校をする俺にとっては、担任みたいなモノだ。


「ごめんねー。酔っ払ってうっかり部屋を間違えちゃったみたい。昨日、友達の結婚式でさー。お引越し歓迎パーティー参加できなかったんだよねー。二次会で飲みすぎたー。ううーん……ちょっと二日酔いかもー」


 荻奈雨おぎなう先生は、おおきくのびをした。のびやかにのびる両腕にひっぱられて、おっきなおっぱいが、しなやかに、おおらかに、形よくはりだしている。


 やばい、これはいろいろとやばい。俺は、その素晴らしい光景を脳裏にやきつけると、すぐさま視線をはずした。


「あれ、わたし素っ裸だ。まいったなぁー……」


 そう言って、荻奈雨おぎなう先生は、二日酔いの頭をおさえながら、シーツをわちゃわちゃと引っ張って、胸を隠した。さっきまで俺が枕にしていた、人肌で、やわらかで、とってもいいにおいの、超高級の低反発素材のおっぱいを隠した。


 荻奈雨おぎなう先生は、シーツをむねにまきつけると、うでにしていたヘアゴムで、栗色のウエーブがかったやわらかいロングの髪を器用にしぱって胸元にたらす。学校の保健室でいつも見ている、見慣れたヘアスタイルだ。


「あ、そういえば、歓迎パーティーのお料理どうだったー?」

「は、はい。めちゃくちゃ美味しかったです!」

「たくさん食べてくれたー?」

「はい! そりゃあもう!!」

「良かったー。がんばって一昨日から仕込んだ甲斐あったよー」

「え? あの料理、荻奈雨おぎなう先生が作ったんですか? 全部??」

「そうだよー。ウチはパパはささみと卵の白身とプロテインばっかりだし、フーちゃんは、スムージーやスーパーフードやサプリメントばっかりだし、ママは厨房に立つと、殺人兵器ができちゃうからー」

「は、はぁ」

「だから、かぞえくんのお母さんに、いろんな料理を教えてもらうのが、たのしみなんだよねー。あ、わたしのお母さんでもあるのかー。うふふ、なんだかこんがらがっちゃうねー」


 そこまで話すと、荻奈雨おぎなう先生は、突然首をかしげて、ぽっぺたに右手の人差し指を置いて聞いてきた。


「うーん、ところで、学校ではしょうがないとして、家で先生って呼ばれるのはちょっとはずかしいな……一緒に暮らす家族なんだしー」

「じゃあ、荻奈雨おぎなうさんでいいですか?」

「苗字もへんだよー」

「じ、じゃあ、一乃いちのさんでいいですか?」

「うふふ、せっかくだから〝お姉さん〟ってよばれたいかもー」

「そ、それだけはカンベンしてください!!」

「えーーーーどうしてー」


 荻奈雨おぎなう先生は、ほっぺたをぷっくりさせると、犬みたいな黒目がちな瞳でじっと見つめてきた。なんだか俺が悪いことをしているみたいだ。でも、荻奈雨おぎなう先生を〝お姉さん〟と呼ぶのは抵抗がある。どーーーしても抵抗がある!


「じゃ、じゃあ、かわりに俺のことを好きに呼んでいいっスよ」

「ほんとー? うれしー。じゃーあー……かぞえくんは、すすむちゃん……いや、スーちゃんかな? ダメ?」


 荻奈雨おぎなう先生、い、いや、一乃いちのさんは、首をかしげて、まるで犬みたいに、黒目がちな瞳をキラキラとさせてじっとこっちを見つめてくる。


「だいじょうぶっス……二帆ふたほさんにも、そう呼ばれてるんで!」

「ほんとに! やったー! えへへ、うーれーしー。じゃ、これからよろしくね、スーちゃん!」


 一乃いちのさんは、まるで子犬のようにベットの上でぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。前にたらしたウエーブががった栗色の髪の毛が、犬のしっぽのように左右にふれる。

 そして、ぴょんぴょんとはねつづける一乃いちのさんの身体を隠しているシーツがズリズリとさがっていって、おっぱいが丸見えになった。


「ちょ、一乃いちのさん!?」

「あれー? しっぱいしっぱい。でも、まー、いいや」


 なにが良いのか全くもってわからないけど、一乃いちのさんは、突然、俺に抱きついてきた。


「わたしねー。ずーっと弟が欲しかったんだぁ。だからね、ほんとーに嬉しいの。ねぇ、スーちゃん? お願いがあるんだけどー」

「な、なんスか?」

「あたま、いいこいいこしていい?」

「ええ?? あ……はい」

「やったー! ありがとー。えへへー」


 そう言うと、一乃いちのさんは、


「いいこ、いいこ」


って、俺の頭をやさしくなでた。

 なんだかちょっと気恥ずかしい。でも、なんだかうれしい。昨晩、二帆ふたほさんに頭を撫でられた時も悪い気がしなかった。というか、かなーりうれしかった。


「えへへ……いいこ……いいこ……チュ!」

「……!?」


 一乃いちのさんはいきなり俺のくちびるにキスをした。

 え? なにこれ? どういうこと!?


「ごめーん、スーちゃんがあんまりに可愛くて、キスしちゃった」


 えええええええええ!!

 何言ってるの? 一乃いちのさん、何言ってるの??


「あ、もうこんな時間。学校に行く支度しなきゃだー。スーちゃんのお母さんが朝ごはんを用意してくれているみたいだから、一緒にいこ? あ、そのまえに部屋に戻って、服をきなきゃだ……」


 そう言って、一乃いちのさんは、シーツをはらりと俺の前ではだけると、おっぱいや、ここに書いてはよろしくないところまで、色々と丸見えにしながら俺の部屋から出て行った。


 俺は、絶賛大混乱の頭で、さっきまでのいろんな出来事をプレイバックしていた。そして、一乃いちのさんにいきなりキスされた事をスローモーションでプレイバックしていた。


 俺のファーストキス……まさか、ずっと片想いしていた人とできるなんて。ずっと夢に描いていた出来事が、いきなりなんの前触れもなく訪れるなんて……。

(あとおっぱいに顔をうずめたり、ここに書いてはよろしくないところを目撃するなんて……)


 そう、俺は、ずっと片想いしていたんだ。高校に入学した時から、もうずっと。

 学校の〝癒しの聖母〟こと、保険の荻奈雨おぎなう先生に憧れていたんだ。ずっとずっと片思いをしていたんだ。


 俺は、あり得ないくらいのラッキーの連続攻撃で、寝起きでいきなりHPが1桁になってしまった。

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