第3話 ゼロ距離なプレイスタイル。ーGー

 コンコン!

 俺は風呂から上がって、二帆ふたほさんの部屋をノックした。


「はいはい〜開いてマッスル」


 ドアの向こうから、おとぼけた声が聞こえてくる。


 ガチャリ


 俺がドアを開けると、そこは、白を基調にした、いかにも女の子な部屋だった。そしてそんな部屋の中に、ちょっとだけミスマッチなデスクトップパソコンが複数置かれた机があって、その机の前で、ゲーミングチェアに座っている二帆ふたほさんはVRゴーグルをかぶっていた。だるんだるんのパーカーから、肩がむきだしになっている。

(ノーブラなのかな……ドキドキ)


「もう起動しちゃってるから、アカウント入れてログインしなよ」


 二帆ふたほさんは、両手にBluetoothのコントローラーを持って、それを巧みに操りながら、ゲーミングチェアの上であぐらをかいている。パーカーから生足がむきだしの状態だ。

(目のやり場にこまるよ)


 俺はパーカーの奥にかくれた、その薄暗い生足の付け根をチラチラと見ながら、となりにもう一脚あるゲーミングチェアに座って、M・M・Oメリーメントオンラインにログインした。


「そんじゃ、〝フーター〟を検索してちょーだい。でもって、フレンドに申請しといて。今、文字どおり手が離せないんで」

「え、〝フーター〟ですか?」

「そ、フーちゃんは、二帆ふたほだから、〝フーター〟なのだ」


 びっくりした。〝フーター〟は、M・M・Oメリーメントオンラインのトッププレイヤーだ。おれはすぐさま〝フーター〟を検索して、フレンド申請をした。

 そして、〝フーター〟を観客モードで観戦することにした。


「な、なんじゃこりゃ!」


 二帆ふたほさんの〝フーター〟は、実装直後のハリネズミを模したボスと戦っていた。しかも一人で!

 二帆ふたほさんそっくりの金髪のショートでスタイルの良い軽装の〝フーター〟は、ショートソードとワイヤーガンを巧みに操って華麗に戦っている。

 そして観客モードにはすでに数百人のユーザーが集まっていて、コメントが滝のように流れている。


『なにあれ!?』

『ボス、空中に浮きっぱなしw』

『そして密着してからの連続攻撃ww』

『ゼロ距離ラッシュ!』

『えぐw』

『人間技じゃ無い!』

『密着変態プレイw』

『あーこれまた、エリアルハンターにナーフ入るよ……』


 二帆ふたほさんが操る〝フーター〟は、ワイヤーガンとショートソードの二刀流を巧みに操って、導入されたばかりの新ボスに、一方的な攻撃を加えている。ボスはもうHPがほとんど残っていない。


『ワイヤーアクションがもう変態の域なんだよな……』

『それな!』


 エリアルハンターは、ワイヤーガンを使った高速移動と、多彩な空中技が特徴的なクラスだ。

 特に密着状態からの高速斬撃がえぐい。ほんの少しだけど浮かせ効果のあるその斬撃の後に、地面にワイヤーガンを指して高速着地。そして再び敵にワイヤーガンを刺して密着するまで近づいてからのゼロ距離高速斬撃。

 これが理論上無限に入る。もちろん、そのためにはとんでもなく正確な入力操作が必要で、敵に応じて異なる重さや弱点を計算して、絶妙に技を決めるタイミングを調整する必要がある。

 その神業を、二帆ふたほさんが操る〝フーター〟は、初見のボス敵を相手に難なく行なっているのだ。人間技じゃない。


 ただ、弱点も多い。機動性のために耐久力を犠牲にしている。装備はレザーメイルまでがせいぜいだ。そして……


「ありゃりゃ……」


 VRゴーグルをかぶった二帆ふたほさんが首をかしげた。

 〝フーター〟は、ハリネズミが飛ばしてきた針の乱れ打ちに被弾した。そして、体力ゲージを七割持っていかれていた。


『おっと!』

『かすった!』

『カスって点滅! さすがカス装甲!!』


 掲示板のコメントが華やぐ。

 エリアルハンターのマイナス特性、ワイヤー移動中の「被クリティカル率100%」だ。

 ワイヤー移動中にダメージを受けると、その攻撃はかならずクリティカル判定になる。だから、エリアルハンターは単発攻撃にめちゃくちゃ弱い。


 飛び道具だからよかったものの、打撃だったら一発アウトだ。

 そして、多分これ、発狂モードだ。このままじゃ不味い。ハリネズミに少しでもスキを与えたら、無限に針を連射されて詰みだ!


二帆ふたほさん、フレンド申請しました。サポートするんですぐにください!」


 俺が叫ぶと、となりでゴーグルをかぶった二帆ふたほさんは、すらりと伸びた両足を「ドン!」と机に置いてほがらかに叫んだ。


「スーちゃん召喚!! ポチッとな!」


 二帆ふたほさんはキーボードのショートカットキーを足の親指で「タン!」と叩いた。

 たちまち俺の操る陰陽導師おんみょうどうしがフィールドに現れた……んだ……けど……


『なんだ? 救援か??』

陰陽導師おんみょうどうしか。めずらしい。レアクラスだ……』

『ぼっち導師w つかってるやついんのかw』

『ん? なんだこいつ』

『なにつっ立ってんだ……』

『動かないで、ハリネズミの針がめっちゃ刺さってるw』

『フリーズw』

『固まりました……御愁傷様w』


 そう、俺は固まっていた。カチンコチンにかたまっていた。

 なぜなら、両足を机の上に置いている二帆ふたほさんが、はいてなかったからだ。

 スラリと伸びた足の付け根には、本来あってしかるべきモノがなかったからだ。部屋着はおろか、パンツすらはいていなかったからだ。


 俺は、そのはいていない安心できない箇所をバッチリとガン見してしまい、カチンコちんに固まっていた。

 俺の操る、顔の前に黒い布切れを垂らした黒ずくめの陰陽導師おんみょうどうし〝ロンリー〟には、えぐいくらいハリネズミの針がつきささって、たちまちHPゲージは点滅を始めていた。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る