8話 カイロス

お風呂を上がって髪を乾かし、ホカホカになった私は寝る前にケイにとある話をしておくことにした。


「ケイ卿……いや、ケイって呼んでいいかな?」


「ええ、そう呼んでください」


 よかった。

 なんだかそう呼びたいなって思ってたから。


「ケイ、メールでクロノスにタブレットからステータスを確認できるって聞いたから確認しよう」


「承知致しました。

 ところでどうやって確認するのですか?」


「確か、こう……」


 私はタブレットを操作して私のステータスを表示した。



 名前:夕月ゆづきリラ 種族:人間 Lv1

 職業:召喚士

 HP:50 MP:250

 攻撃力:100

 耐久力:50

 素早さ:50

 詠唱力:5

 運:50

 運命力:10000

 装備:タブレット(聖)

 スキル:召喚

 救世主

 無念の死



 ……ツッコミ所多くて何に言えばいいのか分からないけれど、人間の守備力を耐久力って表すタイプのステータス初めて見たな。

 なんか怖いんですけど。


「無念の死…………」


 まずい、ケイの目が死んでる!


「ほらよく分かんない所があるから一緒に見よう!ね!」


 気を紛らわせるようにタブレットごと体をケイに近づけた。

 救世主っていうのはアーサー王関連なんだろうとは予想できたがちょっとよく分からない。

 とりあえず長押ししてみると説明が出てきた。


『救世主:神々に定められた救世の子。

 効果 運命力に+1000』


 運命力付け足しすぎだろ。

 待って、1000ってことはそれ以外は自前の可能性があるってこと!?

 いや大丈夫、まだ見るものはある。うん。


『召喚士:召喚をすることができる。

 Lvを上げると使い魔を支援したり使役できる数が増える。

 使役スキルはLv2からなので自身の魅力で補おう。


 召喚:召喚士の初期スキル。

 召喚士の職業に就いていれば基本的に縁での召喚になるので気が合う者や知人に当たりやすい』


 ふんふん……魅力で補わせようとすんな。

 これ召喚士になった人死ぬでしょ、ていうか実際に死にかけたな。

 強い人を引けないと攻撃力も上がらなくて死ぬやつでは?

 絶対に不人気職だろコレーー!!

 次々!


 『無念の死:見事なまでに無念。

 転生しても無念。無念の才能がある。

 効果 MP上限100アップ

 戦闘開始自分に攻撃力アップ付与』


 めちゃくちゃありがたいし強いけど無念の才能とか絶対これおちょくってるでしょ。

 タブレット(聖)はまあ聖剣だから聖属性?みたいな感じかな。

 詠唱力は魔法の詠唱とかかな。

 詠唱力と書かれた所を長押ししてみる。


『詠唱力たったの5か、ゴミめ。

 真面目に練習しろ』


 腹立つけど正論だ……正論な所がめちゃくちゃ腹立つけど。



「恐らく街で練習出来ると思いますよ。練習場は初心者向けの場所ですから」


「そうなんだね。じゃあ練習場について冒険者組合で聞いてみようかな。

 クロノスも街は練習場と冒険者組合と"あなや"に行けって言ってたし」


「あなや?」


「私も聞き返したけど、食事処らしいよ」


「食事処ですか。いいですね!」



 私も異世界の食事処って結構興味ある。

 まあ場合によってはここが食事がめちゃくちゃまずい世界の可能性もあるけど。

 そんなことはないよね?


 運命力についても知りたい。

 何故こんなにも他のステータスと差が開いてるんだろう?

 その前に他のステータス、耐久力を見てみようかな?


『耐久力50。ちょっと低い?』


 なるほど、50は低めなのか。

 でもLv1ならこんなもんなのかな?


『運命力10000とは、えらく苦労されてるんですね。

 ふふ、どうです?まずは一杯』


 接待されてる!??

 ステータスの一覧のこのふざけっぷりはなんなんだ!?

 まあそれはそれとして、そろそろケイのステータスも確認しないとね。



「ケイのステータスも見ようか」


「分かりました」



 名前:ケイ 種族:人間(鬼) Lv1

 職業:騎士

 HP:500 MP:50

 攻撃力:300

 耐久力:400

 素早さ:200

 詠唱力:50

 運:150

 運命力:2000

 装備:上質な鎧

  めっちゃ斬れる剣

 スキル:従属

 円卓の騎士

 巨人化

 アーサー王伝説



 これはかなり強い!

 私が弱いだけかもしれないけど。

 スキルも見てみよう。



『従属:召喚士に召喚されて従属した証』


『円卓の騎士:アーサー王に仕えた13名の者達の称号。

 効果:アーサー王の元で戦う時攻撃力アップ』


『巨人化:高揚すると徐々に大きくなり、最終的には巨人化のように大きくなる。

 効果 HPアップ

 耐久力アップ』


「すごい、かなり強いよケイ!」


「ふ、ふふ。ありがとう、リラ。ですが私もLv1ですからまだまだですよ。ふふふ……」


 褒められてめちゃくちゃ嬉しそうだ!

 もう一つも見てみよう。


『アーサー王伝説:■■■■の書いたアーサー王伝説の原典に記されている力。


 九日九晩水の中にいても息が続く

 九日九晩寝ずに働ける

 人に傷を追わせればその傷は絶対に治らない

 熱線を発している為雨に濡れない


 上記2つは使用不可能。

 3つ目は"自分が特別恨んでいる人物のみ"という制約がある。

 4つ目はMPを使うことで使用可能』



 アーサー王伝説の原点!?

 あ、あーー、まさか。まさかだけど。


 アーサーってアーサー王のこと!?


 いやアーサーという名前とか聖剣が異世界もので出てくることなんてよくあったし、ケイ卿の話もてっきり名前が同じだけの別人だと思ったのだけれど。

 ケイ卿ってまさか、アーサー王伝説の中の人物なのだろうか?


 ……いやないな、ここ地球じゃあないし。

 そもそも太陽神アマテラスとか時の神クロノスとか出てる神様にバラツキがありすぎて、地球とは別の世界だと言った方がしっくりくる。

 というかアーサー王伝説は後から創作がまとまってできたものだから、ケイ卿がいようがいまいが私が知っているアーサー王伝説とは全然違う気がする。

 やっぱり名前が同じだけの別人?

 いやしかしアーサー王伝説の原点って何!?あるのか!?なくない!?


「リラ?何か思い出したのですか?」


 あっ、ケイ卿……じゃない、ケイを置いてきぼりにしてしまっていたようだ。



「ごめん、思い出したとかではないんだけど。

 実は私の元いた地球にアーサー王伝説っていう話があって。アーサー王伝説は原典がないって聞いたことがあった記憶があるからビックリしちゃって」


「なるほど、地球にもアーサー王の話があるのですね。興味深い。

 しかしそれなら何故このスキルには原点と書かれているのでしょう?」


「それが分からないんだよね」


 記憶喪失だから分からん。

 それしか言いようがないね。



「確認も終わりましたし、そろそろ寝ましょうか。

 明日は早くなりますから」


「うん、おやすみケイ」


「おやすみなさい。

 ……ところで今回は怖くなったりなどは?」


「ないから大丈夫だよ。

 心配してくれてありがとうね」


「え、ええ。…………よかったです」


(一緒には寝られないのか。

 ……いや、何考えているんだ!押し潰してしまうかもしれないし、それに今朝の醜態を忘れたのか!)


 ケイは何故か顔を赤くしだした。

 どうしたのだろう?まあ考え込んでるみたいだし放置しておこうかな。


「じゃあおやすみ」


「お、おやすみなさい」


 ベッドに入って布団を被ると不思議と意識の奥に行ける気がした。

 むにゃ……。



 しばらくして深く眠った後。





 ガタンガタン、という電車特有の音が聞こえて目を開いた。

 いつの間に電車の中にいたのだろう。

 いや、そもそも何故電車の中に?


 夕焼けが電車の中を一面茜色に染め上げており、見たことがないはずなのにまるで長年通学に利用していたかのような懐かしい雰囲気が漂っている。

 窓の外を見てみると遠くに黄赤、所謂オレンジ色に染まりきった広大な海が存在していた。

 恐らくこの電車は海の上ではなく橋のような建築物の上を走っているのだろう。

 海の上に遊園地で見るようなジェットコースターの線路が並んでいくつも存在しているのを見て、幻想的な雰囲気をもしかして夢なのかなと思えるようになってきた。


「なんでジェットコースター……?」


「知らないね」


 呟いた声に返答が返されて窓の外から目を外して自分の目の前の座席を見た。

 電車の中はガランとしていて無人かと思われたが、目の前に人がいたらしい。

 目の前に座るその人は胡座をかいて座っていた。

 夕焼けに照らされて光り輝く金髪に青い瞳。そして何より自分にそっくりな顔立ち。

 それは、紛れもなく。


「アーサー王?」


「違う」


 確信を得た問いだったのだが、否定で返されてしまった。

 しかもその顔に似合わない男性らしい成長期を迎えた低い声で。


「でもその顔は明らかに……」


「ああ、簡単に言おう。

 僕は機会の神カイロス。

 目の前にいる神が別のものに見えるのなら、つまりそれはお告げだろうね」


「お告げ?」


「そう。僕は機会の神、つまりチャンスの神だ。

 夢の中、機会の神が別のものに見えてそれが何かをもたらしてくれる。

 聖書とかでもそういう話、よく聞くだろ?」


 なるほど確かに。

 それならアーサー王に見えているのは私視点の問題で、別に彼はアーサー王じゃないってことか。


「納得した。ありがとう。

 ちなみに私はリラ」


「リラか。

 別にこれくらいのこと、お礼を言われるほどでもないよ」


カイロスは私のお礼にそう返すと、物珍しいものを見る目で電車の中を見回した。


「しかしこれ、乗り物か?すごい画期的だな」


「これは電車って言うんだよ。

 今は人全然いないけど、電車に乗って遠い所まで移動出来たりするんだ」


「それは便利だな。閻魔様に教えるか」


 え。


「閻魔様って、閻魔大王のこと!?いるの!?」


「知ってるの?

 僕は死んで閻魔大王様の所でお世話になっているんだ。

 一番最初に死んだ神様なんだけど、死の概念を産んでしまったから責任を取って冥府で閻魔大王をやってるって聞いたよ」


「そ、それは……」


 それはとばっちりなのでは?と考えると、カイロスも考えていることは同じだったのかアーサー王の顔で苦笑いをした。


「閻魔大王様は皆のことを考えてくれる人だからね。

 まあ働きすぎて目の隈酷いけど」


「いい人なんだね、その人」


「ああ。とんでもないくらいいい人だよ」



 プシュー、と音がして電車が止まる。

 窓を見ると遠くに塔のようなものが見えたけれど、それが見えたのは一瞬だけで窓の外の塔は見えなくなった。

 電車の中に明かりがついたと思ったらあたり一面暗くなって、外は何も見えない。



「今、一瞬塔が見えたんだけど……」


「そうなの?よく分からないけど目的地に就いたってことじゃあないかな。

 入口まで見送るよ」


「一緒に行かないの?」


「僕は呼ばれてる訳じゃないし。

 多分このまま乗っていれば冥府につくさ」


 入口まででも一緒に行ってくれるのは嬉しいけれど、ここから先を一人で行くのかと思うとなんだか心細い。

 考えてみれば私は目覚めてから比較的すぐにケイ卿を召喚したから一人の時間がかなり少ないんだ。


 開いた扉の先には灰色の、古い駅の中があった。

 明るい電車の中とは違って駅は心もとない明かりがついている程度で、それがより心細さを掻き出した。


「か、カイロス。外怖いんだけど」


「ここだけだ、すぐ明るい所に辿り着けるよ」



 勇気を出して電車を降りるが、暗闇の中にいると何故か怖くなってきてしまうようでガタガタと震えて動けない。

 どうしてか分からないけれど、恐怖でここから動きたくないと考えてしまう。

 分からないけれど、分からないけれど。


 分かりたくない。



「おい、リラ」


 カイロスに腕を掴まれて顔を上げると、カイロスは銀髪で髪の長い青年になっていた。

 アーサー王の顔立ちは私そっくりだったけど、正直今のその顔はクロノスにそっくりだった。


「クロノスに似てる」


「知ってるんだな、アイツのこと。

 クロノスと僕は双子なんだ」


 カイロスは私の手を触ると両手で包み込んだ。


「実は機会の神は人間に多く味方した神なんだ。

 だから僕が機会チャンスをやろう。

 お前がこの暗闇を抜けられる程度の勇気が出る魔法。

 ……ちなみにこれ、人間がよく言うやつじゃなくてマジモンの魔法だから」


「マジモンの魔法」


 おう、とカイロスがニカッと笑うと右手を私の手から離した。

 魔法って本当にあるのかな、見れるのかな?

 どんなものなんだろう。

 カイロスが右手を私の手にかざすといくつかの色が溢れ出した。


「"赤、黄色、白。集え、混ざれ、色彩となり夕陽となれ"」


「"ブレイブ"」


 カイロスが呪文のようなものを唱えると突如周りが眩しくなり、つい目を瞑る。

 ゆっくりと目を開くと真っ暗だった周りは夕陽で明るくなっていた。

 さっきの電車で見た夕陽の色だ!


「す、すごい!どうやったの!?」


「適当に混ぜて魔素に頼んだだけ。

 神なら魔法なんて簡単に使えるよ。

 ねぇ、これなら怖くないでしょ?」


「うん!ありがとう、カイロス!」


 へへ、とカイロスは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、行ってくるよ。

 カイロス、本当にありがとう」


「どういたしまして。

 あ、念の為に言うんだけどさ」


 ん?なんだろうか。


「こういう時冥府って振り向くと大変なことになる逸話があるんだ。

 だから念の為なんだけど、出来ればまっすぐ振り返らずに進んで欲しいな」


「うん、分かった。忠告ありがとう」



 確かに神話での冥府は悲しい話のものが多い。

 カイロスが言うならそうした方がいいのだろう。


「よければいつか冥府においでよ。

 いや、人間なら必ず来ることになるんだけどさ。

 閻魔様に会って欲しいなって思ったから」


「うん。いつかね」


 私は小指を立てて約束しようとしたが、カイロスはゲッという顔をして「ちょ、やらないからね!」と首を振った。


「やらないの?」


「それ指切りげんまんだろ!?怖いし神がやったら絶対不吉なことになる!

 それに約束事は口約束でいいんだよ。

 俺はしないけど神は約束破られると何故かは知らないけど物騒なことしたりするんだ。名前の言えないあの神みたいにね!」


 名前の言えないあの人みたいなポジション神にもいるんだ。

 ゼウスとかかな?


「僕は約束事とかはしてないけど、正直あの神に殺されたから物騒なことに繋がりそうなことは出来るだけ控えてるんだ」


「なるほど〜」


「……いや僕の話はいいんだ、誰か待ってるかもしれないんだから行かないと。

 もう一回言うけど、振り返るなよ!

 好奇心が祟ってとか死因になりかねないからな!

 まあ死因とは言わずともかけた魔法は解けるかもしれないから、ちゃんと出口に辿り着けよ?」


「心配しなくても大丈夫だって!

 ちゃんと辿り着きます!」



 電車が出発して音が去ると、電車の音がなくなり駅の中は沈黙に包まれた。


 灰色の駅が夕焼けの色に染まった中歩くと、靴の音がコツ、コツ、と響き渡ってまるで世界に私だけのような雰囲気に包まれる。



 階段を下りて真っ直ぐ進んでいくと遠くに光が見えた。

 光ではなく出口の外の風景が見えるようになると、青い空が見えた。

 出口から出て土を踏むと、フッと駅が消えて辺りには青い空と風に乗って花びらが舞い上がった。

 それを見た途端ドッと疲れとか恐怖とかが抜けて安心感が漂い始める。


 なんだか無性に振り返らなくてよかったという気分になってきた。

 この花畑でひらひら飛ぶ蝶のなんと可愛いことか。

 国宝にすべきだと思う。


 花畑は一面に広がっていて、唯一花の咲いていない道の先を見るとあの時見た塔があった。

 そっか、この塔だったのか。


 この光景に安心していると、軽く肩を叩かれた。

 ここは振り返っていい所だが、先程の暗闇の恐怖がまだ抜けていないのかゆっくりと振り返りーー。



「ようこそ、アヴァロンへ」


 一人の男性に声をかけられた。

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