9話 マーリン


「ようこそ、アヴァロンへ」


 肩を叩かれてビクビクしながら後ろを振り向いたが、そこにいたのは銀髪に青い色の目をした綺麗な男性だった。左目が銀髪に覆われているのだが、これはメカクレというやつではなかろうか。尖った長い耳がエルフみたいだ。

 優しそうな男性を見て何か悪いことが起こるわけじゃあなくてよかったとホッと息をついた。


「どうした?」


「あの、私電車を通ってきて。

 ここで誰か待ってるって言われて来たんですけど」


「そうだよ、俺が招いた。

 電車については知らないけどね。

 俺はてっきりパパッと来るものだと思ってたから、意外とかかって驚いたな」


 パパッとって瞬間移動みたいな感じかな?

 いや、瞬間移動とかそれ以前に。


「招いたって、どうしてですか?

 貴方は誰なんですか?」


「ああ、そりゃ気になるよな。じゃあ塔にお招きしてちょいと自己紹介といくかな」


 そう言うと男性は私を塔に案内した。

 塔の中は花の香りに溢れていた華やかな外と違い、古古しくも厳かな年季を感じさせる。

 男性は私を部屋の中のテーブルの前にあるイスに案内すると、彼は私の前に座った。


「初めまして、俺はマーリン」


「アーサーだった頃の君の元師匠で、君の生みの親だよ」


 マーリン!アーサー王伝説の……………………?

 えっ生みの親?私の?


「う、生みの親?生みの?」


「生みの親っていうのは言葉の綾で、生まれる理由の元って言うのかな?

 率直に言うと俺がアーサー王伝説の作者なんだ」


「えっ、アーサー王伝説の!?」


 マーリンが!?

 つい目を丸くして驚いてしまった。

 だってアーサー王伝説に出てくるマーリンが作者だなんて誰も思わないじゃあないか!


「経緯を言うと……いや、簡単に神話で教えよう。

 この世界に実際にある脅威だからな」


 そう言うとマーリンは昔話を話し始めた。


「むかしむかし、残酷な神がいた。

 その神の名はサトゥルヌス。

 向こうの世界ではゼウスに倒された者と言われてるらしいな」


 サトゥルヌス?

 それって絵画の『我が子を食らうサトゥルヌス』?

 めちゃくちゃなコラを作られてたけど、実際死ぬほど生々しい描写で自分の子供を食い殺している絵画だ。

 生まれる子供が自分を殺すと親に言われていて、それ故に食い殺そうとしたらしい。

 ……結構覚えてるものなんだな。


「詳しいな。

 ちなみに心配しなくともここで聞かれる心配はない。

 というか、サトゥルヌスだって地上で話していようがどこで話していようが地中深くにいる限り聞こえやしないさ。

『名前を言ってはいけないあの神』とは言うが、皆が怖がった結果名前を言うことすら畏怖し始めたってことだ」


 そっか、あの時カイロスが言ってたのはサトゥルヌスのことだったんだ。

 確かにサトゥルヌスは恐怖の象徴だろう。

 私がサトゥルヌスをより深く知ったのはゲームからだけど、コラにされていたサトゥルヌスがあんなにも恐ろしい生き物だとは昔好奇心で検索するまで思いもしていなかった。


 しかし、私は関係のないことは思い出せるんだな。

 アーサーとしての記憶は欠片も思い出せないのに。



「この世界と向こうの世界、地球とでは神としての名前は同じでもこの世界特有の生を受けているというか……早い話が同じ名前でも見た目や性格が全然違う。


 例えばクロノス。

 地球ではサトゥルヌスとクロノスは同一視されているらしいんだが、ここではクロノスとサトゥルヌスは別々の神だ。

 地球なら同一人物だが、クロノスの双子の兄弟のカイロスは人間にスキルという神々に近づきうる力を与えたからサトゥルヌスに殺された」



 そっか、ケイも地球のアーサー王伝説と全然違うし、そういうことか。

 ……皆、地球にあるアーサー王伝説や神話とは別の人や神ってことなんだな。


「ちょっと話が逸れたな。

 俺がアーサー王伝説を執筆したのはサトゥルヌスを打倒してくれる者が現れてくれないかと願っていたからだ。

 そうして俺はアーサー王伝説を執筆したが、俺は怖くなって本を燃やした。

 しかし本を投げ入れた種火に『こんな素晴らしい話を燃やしてしまうのは勿体ない』と言われて、燃やすのを止められた。

 それが太陽神アマテラスだった」


 そうやって2人は出会ったのか。


「太陽神はあちこちに散らばってる種火……火種、所謂焔でな。他の火種を集めて力をつけて、アーサー王伝説のように人の自由に生きることのできる世界を作ろうとした。

 他の神々に協力を仰いだり、旧神々のいる世界にテクスチャみたいなのを貼ってその上に人の世界を作ったりした。

 その経緯でアイツは俺達が出来ると思っていなかったアーサー王を創り出すということに成功した」


 それは、想像上の存在を生み出すことを実現させたということなのか?


「俺の書いたアーサーかどうかは分からない。

 ただアイツ、太陽神は夢を実現させたってだけだ。

 きっとアイツはお前に色々なものを与えようとしてると思う。

 アーサー王が死んで魂がどっかに行っちまって、アイツは旗印を失ったようだったから。

 お前がここにいるのが嬉しすぎて何かやらかしてるかもしれねぇ。

 だからと言っちゃあなんだが、お前もお前なりに強くなってみてくれないか?」


 私なりに強く?


「でも、記憶喪失なのにそんなに強くなれるとは思えないのだけど」


「別にサトゥルヌスを倒せるほど強くなってくれって訳じゃない。自衛出来る程度でいいんだ。

 そうすれば魔物にも対処出来るようになるし、アイツも安心だろ」


 そうか、確かに自衛は大切だ。

 いくらケイがいるとは言えどここは神々が多くいるみたいだし、強くなって損は無いかも。

 それにここから戻ったら街に行って鍛えるんだし、どうせなら魔法とか使えるようになれたら嬉しいな。


「記憶喪失だから分からないんだけれど、この世界線って魔法とか使えるの?」


「初心者が魔法はちょいと難しいな。魔術から始めて一流になってから魔法を覚えるのがいい」


「魔法と魔術ってどういう仕組みなの?どんな感じで使うのかな」


「魔法は自分で魔素とかに命令するんだが、正直そんな雲に絵を描くようなことは人間には難しいんだ。

 漫画とかで転生したばっかのやつが雰囲気で魔法使えるようになってると違和感があるね。

 なんせ天才か神しか魔法を使うやつはいないからさ。

 その点魔術は術って言う通り、数式みたいなものでな?威力は低くても決まった式を出して練習しまくれば上手く出来るようになるのさ」


 魔法は難しいから魔術を勉強する。

 魔術は数式みたいに決められたことをすれば出来るようになる、ってことか。

 尚更頑張らないといけないな。

 今の私は戦闘面ではケイありきだから。


「漫画読むんだね」


「漫画は地球の色々な物語のことがよく知れるし、面白いからな。

 なんせ俺達の世界は神話やらなんやらがバラバラに散らばってる。読んで損することなんてないからたまに貰って読んでるよ」


 アヴァロンでも誰か来るのかな……いや、今私が来てるのか。

 でも普段はマーリンだけなのかな。

 それは少し寂しいのかもしれない。

 ここは花々の花びらが沢山青い空に舞っているから、風に乗って寂しさが来ることもあるのかも。


 私がそう考えているだけかもしれないけれど……少なくとも私はあの夕日を見ていた時、何も思い出せなかったことが怖かった。

 胸の中が空洞になったみたいで、ケイを召喚出来なかったら私はどうにかなっていたのかもしれないと考えるくらい、一人じゃないことに救われていたんだ。


「マーリンはここに一人で寂しくないの?」


 つい口からその言葉が出てきていた。

 マーリンは私みたいに記憶喪失じゃあないし、きっとかなりの時を生きてきた人だ。

 大丈夫かもしれないと思うし、大丈夫じゃないかもしれないとも思う。

 私には私以外の人の考えていることなんてきっと分からないけれど、だから聞きたかった。


「寂しいって言ったらここにいてくれるのか?」


 窓から風が吹き荒れて、マーリンの髪が揺れた。

 その言葉はまるでいてくれないと分かっていると語っているような聞き方だった。


「帰らなきゃいけないから、できない」


「分かってるよ。どうせ行くって分かってる。

 あーあ、俺も丸くなったもんだな。いや、削れたっての方が合ってるか?

 昔だったら縛り付けてでもここにいさせたんだがな」


 なんと、穏便でないお言葉。

 元ネタの作者件師匠はやはり弟子が旅立つことに不安があるのだろうか。


「もう真っ二つになんてなって欲しくない。

 そう思うに決まってるだろ」


 アーサー王の死因、か。

 やっぱりそれが一番の謎かもしれない。

 真っ二つにした敵に気をつけなければいけないところだけど、正直敵が来ないことを祈るしかないから強くなって自衛するしか方法がないのだ。


「だから強くなるんだ、リラ。

 詠唱を練習したりレベルを上げるんだよ」


「うん、勿論そのつもり」


「その意気だ。さ、そろそろ戻る時間か?」


 今の時間経過は分からないけれど、確かに戻った方がいいのかもしれない。

 浦島太郎とか早めに帰った方がいいの典型だし。


「どうやって戻るの?」


「夢なんて気がついたら目覚めてるものだろ。ほら」


 目の前に天井が広がっていることに気が付き、思考が止まる。夢から醒めたらしい、急に戻ってきたから驚いてしまった。


 考えてみれば夢で電車に乗ってアヴァロンに行くって不思議な体験をしたなぁ。

 カーテンの間から射し込む光を見ていると段々と現実に戻ってきた実感が湧いた。

 ケイの所にいかなくちゃ、と私は大きく背伸びをして着替えを始めた。

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