6話 ▽ケイ卿


 アーサー。

 彼は金色の髪と海のような青い瞳を持つ少年でした。


 アーサーとは乳母兄弟、所謂義理の兄弟と言うやつで年上の私……いえ、俺がアーサーと遊んでやったりしてよく面倒を見ていたのです。

 こんな幸せが続けばいいと俺は思っていました。


 けれどアーサーは『これを引き抜いた者は王となるだろう』と書かれた台座から聖剣を引き抜き、王になる道に進んだのです。


 俺はアーサーの後を追うべく鍛錬を重ねて、騎士になりました。

 そしてアーサーは王となり、私はその臣下である円卓の騎士となった。

 私という一人称は騎士になってから始めたものです。

 私は気分が高揚すると背が大きくなり、強靭になる。戦うには有利を取れる力ですが、騎士になるならば力だけではやっていけない。


 時には我慢することも大事だろうーーそう考えて、私は私情俺を封じました。



 しかし、私には悩みがありました。

 それはーー。


『ケイ卿と王、似てるけどご兄弟なのかな』

『乳母兄弟だと聞いたことがあるぞ』

『え、本当の兄弟じゃなかったのか!?背丈は違うけど色々と似ているから、てっきり兄弟だとばかり』


 アーサーとは本当の兄弟ではない。

 それが、私の悩みでした。


 兄弟と言われても違和感がない、乳母兄弟だとは思えない。

 そのくらい似ているのに血が繋がっていない。


 ただ一点、それだけが。


 こんな悩みは世に溢れる不条理の中では小さいものに過ぎないと分かってはいるのです。

 親を殺されたとか、生きられる程の収入がないとか、そんな大層な悩みではない。

 寧ろお互い生きているのに贅沢とすら言える悩みです。


 王に悩みを聞かれても、我慢して『悩みはない』と嘘を言いました。

 乳母兄弟とはいえどお互い本当の兄弟のように思っているのだから、我慢していれば大丈夫だろうと。

 いつか王がお年を召した時に『実は昔こんな悩みがあったけれど、あの時は言えなかったんだ』なんて言うことがあればいいなーーと、そんなことを考えたりしていました。




 そんな機会は二度と訪れないと、二つに別れた弟を見て悟りました。




『ディオス海岸防衛戦争』


 海岸と言っても海岸に空いた大穴から旧神々が攻めてきたので海は大穴に吸い込まれてしまっていまして、どちらかと言うと滝のようでした。


 私達は大穴を登ってくる魔獣や飛竜をまとまって退治するのが普段の仕事なのですが、この時は広範囲な上に大規模な侵攻だったので円卓の騎士も場所を散り散りにならざるを得ませんでした。


 私の担当場所の戦闘が一息ついてその場所を他の騎士に任せて王のいる戦場に助太刀しようとした時。


『王よ、ただいま参りました。他の兵士がいませんが、もしや……』

『……………………』

『……王?』



 王は物言わぬ肉塊になっていました。


 頭から足下まで真っ二つになり、滴り落ちる血液は留まるところを知りません。

 王が突然死んだことでその場は異様な空気に満ちていました。

 普段なら、あるいは他の騎士が死んでいた場合なら。

 私は冷静さを失わずにいられたのでしょう。



 しかし、死んだのは俺の弟だった!



『アアアアアアアアアアアアァァァ!!!!!!!』


 俺は咆哮していた。

 俺の弟を殺したのは誰だと、そいつを殺さなければと考えて辺りを見渡しても、それらしいやつはいなかった。

 この場にいるのか、それとももう逃げたのか。

 探そうとしても周りに魔獣や魔人がウヨウヨといて邪魔だった。

 全部殺していくしかない。そう考えて皆殺しにしていっていたら、いつの間に意識が曖昧になって。

 いつの間にか何らかの条件を満たしたのか、俺は鬼になっていた。

 水溜まりのようになった血を鏡替わりにすると、鬼になって赤い角が生えて目も赤くなっていた。


 鬼になったことで理性のタガが外れて俺は更に敵を鏖殺した。

首を斬り胴を分断して何度も敵を血に沈めたのだ。



 何度敵を倒してもアーサーを殺せる程の強い者がここにいるとは思えなかったが、それどころではなかった。

 アーサーを倒した者がここにいるかもしれないという可能性がある限り、ここを離れることは出来ないだろうと。

 そうしていくつも殺していく度に俺は自身の能力の効果で巨大化していった。


 しかし誤算なのだが、いつの間にか倒すべき敵はいなくなっていたのだ。

 多くの敵は大穴の中に引いていき、戦争は終結した。


 だとしても、俺の弟が死んだのは事実だった。

 血塗れの死体は魔獣や魔人の血だらけの海岸にあっても青いマントのお陰で見つけやすかった。

 巨人の様な大きな体で倒れ伏したアーサーの前に座り込む。


『アーサー』


 俺はその時、狂っていた。

 種族が鬼に変わっていたのだから当然だが、その時は普段我慢しているあらゆるタガが外れたのだと思っている。


 死なないでくれ、俺を置いていかないでくれ。

 苦しくて寂しくて、お前がいないとどうにかなりそうなんだ、と呟いた覚えがある。


 そしてその後俺は、血肉になれば実の兄弟も同然なのではないかと考えて、アーサーを飲み込んだ。


 そうした途端に、頭上からとてつもなく大きな火の玉のような物が飛来した。

 焔に焼かれて、体が無くなってーーー。



 私は怒った太陽神に殺された、という訳です。


 死んだ私の魂は刈り取られ、太陽神達現神々が作った英雄の魂を保管する場所に閉じ込められた。

 その施設は冥界とも繋がっており、戦争の終結や旧神々の支配を終わらせる為に存在するらしいと聞きました。


 実際の年数は分かりませんが、何千年もの時が過ぎて私は先日縁を感じました。

 これはあの日死んだアーサーだ、と何故だか確信して私は思わず前にいたやつを殴り飛ばしました。


 先に呼ばれたのかもしれないし、もしかしたら彼は王に縁があったのかもしれない。


 でも俺の拳の方が速かった。


 つい殴ってしまって申し訳ないと思いながらも召喚に応じると、弟・が・妹・に・な・っ・て・い・た・。

 その上リラは真っ二つになった所を境にして髪が白と黒に別れていた。


 正直何に驚けばいいのか分からなくて戸惑ったが、目の前にアーサーがいるのは事実だった。

 それだけは魂で分かったから。

 肉体を無くして魂になったからこそ、目の前の存在が弟の成れの果てだと分かったから。

 嬉しくて涙が出たのです。




「でも食べようとしたんだよね?」


 うぐ。

 説明していた所で図星を突かれてしまった。


「ああ、アマテラス様が言ってたな。

『アイツ鬼になったからタガが外れたとか言って可愛いもの食べたい症候群を発症しているに違いないわよ。だってブラコンだもの。

 可哀想に、シスコンも併発してしまったのね』って」

「なんですかその酷い中傷は!??」


 太陽神がそんなことを言っていたのか!?


「実際どうなの?理由は聞いておきたいんだけど」

「いや、それは……」


 聞かれてつい口ごもってしまう。

 鬼になったことで自制心が効かなくなって、などと言ったら太陽神の言ったことが合っているようなことになってしまうじゃあないか!


「アマテラス様は『夜に共寝しに来てお兄ちゃんって呼ばれて思い出してくれたと思ったら別のお兄ちゃんの話でしたのパターンで血肉にして一つになるしかなくない?〜エターナル〜 に100万ペソ賭けるわ』って言ってましたけど」

「いやなんで分かるんですか!!!!!」


 ハッ!

 しまった勢いで肯定してしまった!


「主!?ち、ちがくて」

「なるほど、それなら食べようとしてしまうのも分かるかもしれないです」


 引き攣った笑みを浮かべて必死に否定しようにも主には納得されてしまう。

 そして悲しいことに、事実であった。

 だって仕方なく無いか!?誰だ俺以外の兄って!!

 ……まずい、私私私。嫉妬を封じなければ……。


「ところで私のことはリラって呼んでくれないかな?アーサー王のこともあるし嫌ならいいけど。

 やっぱり名前で呼ばれたいんだ」

「分かりました。……リラ」

「うん」


 リラはにへ、と嬉しそうに穏やかな笑みを作った。


「ついでにお互い敬語止めない?」

「そ、それはできません!リラ様は敬語を使わなくていいですが、私は仕える者として常に」

「鬼になったんなら我慢は良くないんじゃないかな?それに壁は無い方がいいでしょ?」


 そう言われてしまうと敬語を使うべきなのだろうか。

 しかし、不敬では……。


「たまにでもいいからタメ口で話してよ」

「……そ、それなら分かりました。努力します」

「気軽に話してくれていいのに」


 気軽になどできる気はしないが、なんとかするしかないか。


「ねぇ、俺の事忘れてない?倒れたままなんですけど」

「あ、クロノス。ごめん忘れてた、タメ口で話していい?」

「逆に敬語で話されたら俺が太陽神に怒られるから……っていうかそっちかよ、起こしてくれよ」


 そういえばいたな、と考えながらリラに起こさせる訳にはいかないので私が時の神クロノスを倒れ伏した状態から起こす。


「サンキュ!

 ところでアマテラス様にリラ様の写真を撮る許可を取ってこいって言われてるんすけど、いいすか?」

「それくらい構わないよ」

「よかった。流石に無許可はどうかと思ってたんで」

「はい」


 リラは今撮ると思ったのかクロノスに向かってピースをした。

 そんなリラに驚きながらもまあいいか、とクロノスはカメラを構えた。


「はいラブアンドピース」

「ラブアンドピース!?」


カシャ!と撮影したクロノスはカメラを見て頷くとリラに撮った写真を見せた。


「わ、変な顔になっちゃってる」

「ツッコミしてる感じでいいと思いますよ。これでネタ持ち帰れます」

「ネタ?」


ネタとはなんだろうか。

冥府に言った時に聞いたような……。

いや、あれは「何日前に寝た?」みたいな会話だったな。


「そうだ、聞きたいことあるんじゃないすか?」

「何かあったっけ」

「またまた〜!……え、これガチで忘れてる感じ?

自分の身に起こってることですよ」


 リラの身に起こっていることだと!?


「なんですかそれは!?教えてください、リラの見に何が起こっているのですか!!?」

「アーサー王の魂は真っ二つになったのですが、その半分が地球に飛ばされて女の子として生まれまして。

それがリラで、死んでから元のアーサー王の魂とリラの魂をくっつけて治そうとして。

でも記憶喪失な上に完全にはくっついてない訳ですから、記憶を思い出して定着させる必要があるんです。

それが現状で効果がありそうなことなので」

「へー、そんな感じなんだ」

「軽い!??記憶を思い出さないと魂が離れてズレてしまう可能性だってあるんだからもっと重大に捉えるべきだって!」


リラは気にしていない様子だが、そんなことになっていたなんて。

私もリラが記憶を取り戻せるようにより尽力することにしよう。


ありがとうございました〜!とクロノスが手を振ると透明になっていく。どうやら帰ったようだ。


「そろそろお昼だね」

「もうそんな時間ですか……いや家を壊したのを忘れていました!申し訳ありません、私がすぐに直します!」

「待って、家を見てよ」


家を見ると穴も無く、どこも壊れていない状態でそこにあった。


「な、何故!?」

「クロノスじゃないかな。時の神って言われるくらいだから物の時間を巻き戻すくらいは朝飯前なのかも」


確かにありえる。

だがなんというか……どの神もやはり規格外だなと私は溜息をついた。

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