5話 食べる

 食べる?それってえっとーーつまり。


「食人趣味があったんですか?」

「いいえ、人を食べる趣味はありません。

 俺が食べたいと思うのは貴方だけです」


 私だけ?

 いや結局食べるなら食人趣味があるということになるのでは?

 大きくなったケイ卿の体が館の天井にぶつかり、天井に空いた穴から太陽が見えた。

 嘘、そんなにデカくなるのか!?


 呆然としていると、ここじゃ狭いと思ったのかケイ卿は私を手で掴んで館の外に出た。


「うわぁ!」


 下を見下ろすと地面がかなり遠くて情けない声を上げてしまう。

 まさか本当に食べられちゃうのか!?流石に嫌だ胃の中で胃酸に溶かされるのは!


 下を見ないように顔を上げると、太陽の眩しさについ目を細める。

 ケイ卿は「ぐっ」と呻き声を上げて私を掴んでいない方の手で目を覆った。


 太陽の光が収まるとそこには銀色の髪をした少年が宙に浮いていた。

 銀髪に似合う白い布のような服をまとっている。

 揺れる後ろに一つにまとめた髪が太陽の光に反射して揺れるのが見えた。


「待て」


 その身からある意味予想通りの少年らしい高い声が聞こえてきた。


「俺は時の神クロノス!太陽神アマテラスの命令でお前を助けに来た!」


 少年は大きく名乗りを上げて叫ぶ。


 時の神クロノス!?あの手紙を書いた神か!

 あのやる気のない手紙を書いた神がっていうのがちょっと不安だけど、神だし。

 よかった、なんとかなるかも!


「お願い、助けてください!手から逃れられるようにするだけでもいいから!」

「任せてくれ!!……ください!」


 ください?


 クロノスはキッと鋭い目をしてケイ卿を睨み、服を翻しながらケイ卿に向かって素早く突進した。


「主に刃向かうとは愚か者め。

 この時の神クロノスが成敗してくれゥェエーーー!!!!」

「クロノスさーーん!?」


 クロノスはケイ卿に平手で叩かれてバターンと地面に勢いよく倒れた。

 え、ハエみたいな倒され方したけど直前のなんかかっこいい感じのセリフなんだったの!?


「やべっ麻痺して動けねぇ」


 観念したのかクロノスは先程の勇ましさを捨てて倒れ伏した状態で叫んだ。


「すみません俺戦闘能力ないんですッ!!見逃してください!!」

「嘘でしょなんで来たの!?」

「いやほんと、なんで来ちゃったんだろ!?

 でもアマテラス様が来るよりはマシなんだよ!あの人絶対怒りに任せて周辺丸ごと燃やしちゃうから!!俺に行けって言っただけまだマシになってるんだよ!!」


 いやでも今負けてるじゃん!?

 クロノスがあっ!と声を上げて何かに気がついた様子で叫んだ。


「首にある十字のマークを触ってください!そこからタブレットが出るはずです!」


 私の首に十字が!?と思いながらも言われた通りに首を触ると白いタブレットが出てきた。


「そうか、タブレット!これで仲間を召喚して助けて貰うんだね!?」

「いえ、貴方は今石を持っていないのでガチャは引けません!それで殴ってください!!」

「正気!??」


 タブレットで殴って効くかな!?

 そう思いながらもタブレットをケイ卿の顔にバンバン叩きつけるとちょっと嫌そうな顔をした。

 意外と効いてる!?

 いや誰だってタブレットで殴られたら嫌か!?


「あ、流石聖剣!剣の形してなくても効いてる……ますね!」


 聖剣!!??

 この真っ白なタブレットが!??


「この調子で倒してください!!そして倒れた俺を助けて!!!」

「捕まえられてる私の前でよくそんなこと言えたね!??」


 というかこれで倒すのはどう考えても無理だ。

 いくらこのタブレットの材質が聖剣であろうが、結局はタブレットなんだから。

 というか鬼に聖剣って効くの?

 実際ケイ卿にはそれ程効いてないように見える。



「ペチペチうるさいな」


 しかしそのタブレットでさえ、大きくなったケイ卿の手がタブレットを掴んで草の生い茂った場所に落としてしまい、対抗手段は無くなってしまった。


 た、タブレットーーー!!



「聖剣が遠くに!ど、どうするんだ!?」


 慌てた様子のクロノスをチラリと見てから私はケイ卿の目を見た。

 ケイ卿のくせっ毛な髪の毛の下にある血のように赤い目と角は、礼儀正しい騎士である彼が鬼であると実感するに足るものであった。


「ケイ卿……」


 私を掴んだまま動かないところを見るに、ケイ卿は私を食べるべきなのか迷っているのではないだろうか?

 食べたいという願いと今の心情が合致して、体が大きくなった?

 それでも人を食べるべきではないと思っている?


 どちらにしろどうにか説得するしか道はない!



「私、笑顔を浮かべるケイ卿に壁を感じていたんだ」


 話し出した私にケイ卿はピクリと反応してじっと見つめ出した。


「主人として敬語を使ってみたり、何故かついタメ口で話しちゃったりして、どっちで話せばいいのか分からなくて迷ってた」


 私の言葉に耳を傾けているのか分からないが、ケイ卿は微動だにしない。


「会って一日しか経ってないから壁があっても仕方ないとか思ってたけどさ。

 やっぱりそんなに壁を作られると、もしかして知り合いなんじゃないかって思っちゃうんだよ」


 ケイ卿が下を向いたのか髪の毛に隠れて瞳が見えなくなるが、逃げるなとでも言うようにリラは髪を掴んで目を合わせた。


「お前にとっての私が誰なのかなんて言われなきゃ分からないんだよ!!記憶喪失だから!」


 ケイ卿の目が揺れて私を見る。巨大になったケイ卿の目は鏡みたいで、必死に喋る私の顔を映していた。


「そりゃあ私も知り合いなんじゃないかって思っても会って一日目だからもっと仲良くなったらいいタイミングで言えるかもって思ったのも悪かった。

 でもッ!!」


「ちゃんと言えッ!!」


 ケイ卿は食べる意志を無くしたのかは分からないが、私をゆっくりと手から降ろした。

 私は地面に立って頭上のケイ卿を見据える。


「ですが貴方に幻滅されたくありません。

 このような話をしたら俺はきっと貴方に……」

「うるせぇ主人捕まえて喰おうとしてんのに幻滅もあるか!!!もう既に幻滅だわ!!!」

「確かにそうだな!!」


 突然荒くなったリラの言葉と同意したクロノスの言葉にケイ卿は図星をつかれてうろたえた。

 でも。


「逆に先に幻滅したなら流石にもうこれ程幻滅するようなこともないと思うよ。

 だから言ってみて。

 貴方の知ってる私のこと、貴方にとっての私。

 貴方が抱えてること。

 私に教えて」


 そしたらきっと、私達はもっと仲良くなれるよ。

 ケンカした後にはきっとそうやって仲直りするものでしょう?

 そう言って私はケイ卿に手を差し出した。


 その瞬間。

 ケイ卿はリラの姿がかつての弟と繋がった。


『卿、悩みがあるならちゃんと言ってくれ。

 俺は言われないと分からないんだ、いらぬ気を利かせるな。

 お前は何に悩んでいるんだ?』


 私に悩みを聞いてくれた彼と同じように手を差し伸べてくれた。

 あの時は王にこんな願いを聞かせる訳にはいかないと思って断ったが、今……また手を差し伸べてくれた。

 記憶が無くても、性別が違っていても。


「そ……うか。王は、変わってなどいなかったか。

 変わらず……」


 掠れた声で呟いたケイ卿は涙を拭い、ついていた膝を立ててリラへ頭を下げた。

 ケイ卿が徐々に小さくなり、普段の人間サイズのケイ卿に戻る。


「ありがとうございます、主よ。

 そして無体を働いてしまい申し訳ありませんでした。

 そして貴方に聞いて欲しいのです。

 俺の血の繋がらない弟……アーサーのことを」

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