4話 お兄ちゃん


 

 朝、目を開けると誰かに抱きしめられていた。

 何事かと驚いてジロジロ見るが、ケイ卿の顔を見たことでそういえばケイ卿を召喚したのだったな、と思い出した。


「け、ケイ卿?朝ですよ」


 声をかけたがケイ卿は深く眠っているのか起きなかった。

 それでも何度も声をかけるとケイ卿はうう、と吐息を出して私の首の匂いをスンスンと嗅ぎ始めた。


「うわわ」


 いきなりのことに驚いて赤面しながら仰け反ると、まるで犬や狼が獲物を抑えるように上に乗っかってきた。

 あれ、昨日よりもデカくなってないか?

 昨日よりも10cmくらい大きくなった気がする。

 首を傾げていると眠りから覚めたケイ卿がバッと私か離れてベッドから飛び降りた。


「申し訳ありません!!!」

「大丈夫だよ、怪我もないし」


 ヒラヒラと手を振って無事だと伝えるが、ケイ卿は顔を青くしてそんなつもりは、など―独り言を呟いていた。

 どうしてそんなに深刻な顔をするのだろう?

 やっぱり騎士だから主に刃向かったみたいな感じで重大に考えているのだろうか。

 そりゃあ上司の匂いを嗅いだという風に表現するとまずい感じはするが、そんなに気にしなくていいのに。

 私はケイ卿に近づいて別のことに気を向かせることにした。


「昨日は館の探索でお風呂に入っていませんでしたよね」

「え、ええ」


 昨日風呂を見つけていたが、夜遅かったので次の日入るということになったのだ。


「パンを軽く食べたら朝風呂にしましょう。

 先に入る?それとも後に入りますか?」

「俺は、あーーー、さぁーーーー…」


 朝?

 ケイ卿はしかめっ面で悩んでいたが、吹っ切れた様子で「どちらでも、お好きにどうぞ」と言った。


「分かりました。じゃあ私が先に入ってきますね」


 この家はどういう仕組みかは分からないが日本の家と比べても遜色ない位に便利だ。

 普通に風呂もボタンを押せばお湯が出てくるしすぐ風呂に入れる。

 正直日本の家の中でもかなり凄いと思う。

 本当になんなんだこの家。

 一体誰がこんなすごい家をよこしたんだ…いや、時の神クロノスか。


 服を脱いで風呂場に入ると風呂場は私が思っていたよりも広くて、なんというか…広かった。

 白い壁が綺麗で、湯船が広いと思う。

 ううん、風呂場に対してこれ以上感想が出てこない。

 シャワーを浴びて体と髪を洗い湯船に浸かると「ほあぁ」と自然と声が漏れた。

 あー、気持ちー。


 しかし、時の神クロノスはどうして私をこんな家に住まわせてくれるのだろうか。

 記憶喪失だから当然分からん。

 …いや、時の神クロノスの書いた手紙の内容を考えると太陽神という神がこの家を建てさせたのかもしれない。

 でもなんでだ?

 勇者になって欲しいとか、いやでも魔王を倒した後ならまだしも記憶喪失の状態でその上あんなよく分かんない手紙だし、無しかな。

 ていうか勇者になって欲しいなら手紙に書くはず。


「分かんないな〜」


 ザバッという音を立てて湯船から立ち上がり、風呂場から出てタオルで髪を拭いた。


「上がりました。次どうぞ」


 ケイ卿が失礼します、と言って洗面所に向かったので私は洗面所で見つけたドライヤーで髪を乾かしていた。

 ちなみに10分足らずでケイ卿は戻ってきた。


「ケイ卿、髪を乾かす時に使う道具があるんですよ」


 このボタンを押して、と説明しながらケイ卿の後ろでドライヤーの電源を入れる。

 ケイ卿はドライヤーの音と風圧にビクッと驚いていたが、しばらく温風を当てると静かにドライヤーに身を任せていた。


「ありがとうございます、あと申し訳ありません。

 私は貴方に召喚された配下だというのに、このようなことを」

「大丈夫、流石にドライヤーの使い方分からないかなって思って実演しただけですから」


 召喚される前の生活とかは分からないけれど、ドライヤーを使える時代の人が召喚されるとは思えないし。


「しかし、貴方は記憶喪失なのにこんなにも難しい道具をいとも簡単に使うのですね」

「ああ、私別の世界の地球って星にある日本という国に住んでた記憶が薄らあって。ドライヤーはそこでよく使われている道具だったんです」


 ケイ卿は目を見開いて驚いて、ショックを受けたような顔をしていた。

 しかし私はやっと思い出した記憶に夢中でそれに気づかず喋り続けた。


「実は昨日思い出したんですけど、ドライヤーをお兄ちゃんが乾かしてくれた記憶があって!

 カレーっていう料理を作ってくれてお兄ちゃんの作るカレーが大好きだったんだって思い出すことができて!」


 晴明にぃのことを思い出してつい笑顔になってしまう。

 思い出したのはこれくらいだけれど、空っぽではなく幸せな記憶があるというのはなんだかとても嬉しかった。


「昨日」

「そうです、昨日ケイ卿が一緒に寝てくれたでしょう?それで前にもお兄ちゃんにこうされたことがあったって思い出したんです!」

「そうなんですね」


 ケイ卿ははは、と乾いた笑みを浮かべると私の手を掴んだ。

 ケイ卿の顔を見上げると目の色が青から赤に染まり、その額には赤い角が存在していた。


「優しくしても意味なかったか」

「け、ケイ卿?」


 ケイ卿は何かを吐き捨てるかのように言うと私を冷たく見下ろした。

 ケイ卿がどんどん大きくなっていく。

 2mとかそれどころじゃない大きさに、それこそ私の体を手のひらで掴んでしまえるほどに大きくなった。


 子供に好きに遊ばれて服を脱がされた人形というか、このサイズ比を考えた途端にちっちゃいいとこが遊んでいた人形遊びを思い出した。

 力によって一方的に好きにされる理不尽というか、何をされるか分からない恐怖というか。

 主人が私だとしても否応なしに殺されてしまうような迫力が今のケイ卿にはあった。


「あ、あの、ケイ卿?どうしてそんなに、大きくなったのですか?」


 大きくなったケイ卿に震える声でかけた問いは、愛おしそうであり猟奇的でもある笑顔と共に返された。


「貴方を食べるためですよ?」

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