2話 すれ違い
私は自分が記憶喪失であることと、リラという名前であるらしいことをケイ卿に説明した。
「そう、だったのですね」
ケイ卿はなんだか少し寂しそうな様子で微笑んだ。
どうしてそんな寂しそうな顔をするのかと聞きたかったが、記憶喪失で私が忘れてしまっているという可能性を考えてしまいなんだか聞けなかった。
館の中を調べることにした私達は台所で食料を発見して、もう夕方になっていたのでそこに用意されていたパンを食べることにした。
「美味しいですね。日持ちはしないでしょうが」
「じゃあ明日明後日にでも街に行きましょうか。
クロノスさんが置いていたのか、一応お金は用意されていたし」
しかし何故クロノスさん、時の神がわざわざ私に住む場所とお金と食料を用意したのだろうか。
流石にそこまでやるとただ親切なのか何か狙っているのかと考えたくなるが、記憶喪失の私の何を狙うのだという話になってしまう。
それに手紙でも分かるあのめんどくさそうな態度。
書かなきゃいけないことは書いてあとは自分でやってね、みたいな雰囲気。
多分クロノスさんは上司か何かに頼まれて私に説明をしたのではないだろうか。
正直それが一番しっくりくる答えだ。
恐らくこの館や食料も同じだろう。
そうなれば見返りを求められることはあまり無さそうだ。
「そういえば、貴方のその髪はどうしたのですか?」
「髪?」
言われてみれば左右で黒と白と言ったふうに髪色が違う。
「真ん中が黒と白に綺麗に分かれているんですよ」
「そうなのか。なんでなんだろう」
そういうファッションなのだろうか?
いや私が知らないのにファッションもなにもない気がする。
まあこれは記憶がない限り考えても仕方がないことだろう、と考えないことにした。
「私の部屋は貴方の部屋の隣でいいですか?
奇襲に備えられるようにしたいので」
「うん、いいよ」
隣の部屋なら近いと便利だしその方がいいだろう。
そうして寝る時間となり、私は元いた部屋で寝ることになった。
「おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
ケイ卿のニコリと笑ったのを見てから自分の部屋のベッドに入った。
しかし、部屋を暗くして寝ようとした途端になんだかとてつもない不安が胸を覆い始めた。
上に何もいないのに何かに覗かれている気分になってしまうというか、そんな恐怖が頭を支配する。
そんなことが前にあった気がして寝たくないと考えてしまう。
いいや、確実にあった!
この既視感は異常だ、やはり記憶喪失とは言っても忘れているだけで記憶の底では覚えているのかもしれない。
そうだ、徐々に思い出してきた。
これは…………!
アンダー〇ールで主人公がされていたやつだ!
あの地下のラボは正直鳥肌が立ったし実際あれで以前眠れなくなった記憶がある。
なんか違う気もするし他にも何かあったような気もするがうまく思い出せない。
だが原因が分かってもこの身に取り巻く恐怖は取り除けない。
「ケイ卿が寝ているかどうかだけ見てこようかな」
寝ていたら申し訳ないが、生前の習慣で寝る前はミルクを飲んでストレッチをするとかあるかもしれない。
実際にそうだった場合は私も随伴に預かろう。
ノックをしてケイ卿に小さな声で呼びかけた。
「け、ケイ卿。起きてますか?」
「起きていますよ。どうしましたか?」
やった、起きてた!
ケイ卿は着ていた鎧を脱いでインナーのようなものに身を包んでおり、浮き出た腹筋は今までの努力の証のように思える。
なんだか見ているのがちょっと恥ずかしくなってきた。気恥しいというかなんというか。
私はなるべくケイ卿の腹筋を意識しないようにここに来た理由を話した。
「えっと、なんとなく眠れなくて。ケイ卿はどうして起きていたんですか?」
「……私も似たような理由ですよ」
ケイ卿も眠れなかったのか。
恐怖で眠れないというイメージはないが、召喚されて初日の夜だしそういうこともあるのかもしれない。
なんだか親近感を感じる。
「あの、ケイ卿」
「何でしょう?」
「よければなんですけど、この部屋で寝させて貰えませんか?」
正直これを今日会ったばかりの人に言うのはどうなんだと思うが、あの部屋で寝るのは怖くてできないのだ。
記憶喪失なのにあの感覚は私の中に深く存在するものだった気がする。
トラウマ、なのだろうか。
トラウマを無視してあの部屋で寝るか、恥を忍んでこの部屋で一緒に寝させてくれと頼むかだったら私は恥を選ぶ。
苦渋の判断である。
勿論ケイ卿が嫌であれば止めるけど、聞くだけ聞いておこうと思う。
「いいですよ」
「!助かるよ。一人で寝るのちょっと怖く、て」
ケイ卿が了承すると共に立ち上がったが、夕方に見たよりもなんというか……背が高くなっている、ような?
気のせいだろうか。
近いからそう見えるだけ?
「俺は大の男ですので狭かったらすみません。それでよければぜひ一緒に寝ましょう」
「ありがとう」
「いえいえ。俺こそありがとうございます」
「ありがとうございます?」
ケイ卿は何故今お礼を言ったのだろうか?
ケイ卿を見ても涼やかな笑顔を浮かべるだけで、お礼の理由は聞けそうになかった。
「ではどうぞ」
「ああ、うん。失礼します」
ベッドに入ってその後ケイ卿がベッドに入ってくると、距離が近い分ケイ卿がもっと大きいような気がしてしまう。
今度聞くべきだろうか。
ケイ卿は体温が高くて落ち着く。
ケイ卿が腕で抱えてくれるお陰で上を気にせずに済んだ。
なんだかこの状況に覚えがある気がしてきた。
…そうだ、私には兄がいた。
兄によくこうして一緒に寝てもらっていた。
カレーを作ってもらって、お兄ちゃんのカレー以外は食べないって、言って……。
よかった、思い出せた。
そう喜びながらも私は暖かい体温で徐々に眠くなってきた。
「おにい、ちゃん」
自分の呟いたことにも気づかずすやすやとリラは眠りだした。
「ああ。俺も愛してるよ」
ケイはリラの黒と白に別れた真ん中の分け目の部分をサラサラと触って、傷痕がないと分かると頭を撫でた。
「おやすみ」
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