祖母の遺した者

無花果

祖母の遺した者

祖母と最後に会ったのは、私が大学に合格した祝いの席だった。私の為に長い時間をかけて家までやって来てくれて、とても嬉しかったのをよく覚えている。それ以外で私が祖母とあったのは私がまだ幼い時だったから、実は祖母の事はよく知らないのだが、死んでからも陰口を言われる様な人間だった様には思えなかった。

しかし、祖母が亡くなった報せを聞いた母は、露骨に安堵していた。

他の親戚もほとんどが同じ様な反応か、無関心といった様子だった。

私にはそれが不思議で、なぜ祖母は嫌われているのかと当たり障りない様に母に訪ねてみた。

すると、祖母はある時を境におかしくなってしまったのだと言う。

温厚だった性格は、ひどく攻撃的で意地悪になり、常に何かに怯えている様だったそうだ。

そして、おかしな宗教にはまり、あっという間に残していた財産を溶かしていったのだと言う。

その宗教の影響は家族にも及び、祖母と親しかった人たちは不気味なお守りを送り付けられたり、執拗な勧誘にあって祖母から離れて行ったらしい。

祖母の遺産は限られていたが、そのほとんどが不気味な宗教に関わりのある物ばかりで誰も受け取ろうとはせず、場違いな気もしたが私が受け取る事となった。

祖母の遺産には、とても古い屋敷があった。

祖母がそんな屋敷を持っていたなんて、母も知らなかった。


その日は、屋敷の状態を確認しに行った。屋敷の外観は古めかしい洋館で、外壁に蔦が絡まっている。

玄関の鍵は開いており、中に入ると吐き気が襲うほど濃厚な魚介売場の様な臭いが立ち込めていた。

屋敷の中は非常に薄暗いが家具は所々ひっくり返され、荒らされた様子が目に止まる。

ひとまずはこの悪臭を何とかしようと思い、窓を開けることにした。

開けてみると部屋に光が差し込み、異様な光景が目に飛び込んできた。

ひっくり返されたテーブルの向こう側に、大量の魚がぶちまけられているのが見える。

それはどれも腐敗して蕩けており、ネバネバとして泡立つ濃い体液を流している。

私はこの異常な状況に恐怖を覚えながらも、奇妙な好奇心に駆られて探索を進めた。

床や壁の所々に銀色の皮膚が付着したドロリとした肉片がこびり付いている廊下を通りキッチンらしき場所に行くと、そこには見たこともないような器具や材料が散乱していた。

どう見ても調理道具には見えないそれらは、なぜか奇妙に生々しく、気味が悪い。

その中に一際目立つ器を見つけた。

海を連想させる複雑な模様の彫刻された金属のボウルだ。

ボウルを手に取ると、グニュっと粘つく感触がする。

慌てて手を離すと、黄ばんだ粘液の糸弾きながら落ちて屋敷中に派手な音を響かせた。

筋肉が強張り心拍数が跳ね上がるのが分かる。

しんと静まり返った屋敷が、つい先刻よりも不気味に感じられる。

奥の部屋の方から、微かにだがギシギシと木の軋む音が聞こえて来る。

何か潜んでいるのだろうか。

私は導かれるように、恐る恐る音の鳴る方へ足音を殺して近付いて行く。

そろりと部屋の扉を開くと、そこは寝室のようだった。

ベッドの上に何かがいる。

それは生きている様だった。

しかし、生きていると表現するにはあまりにも異質だった。

全身は銀色の鱗に覆われていて、ガスか水か何かが溜まってパンパンに膨れ上がった頭部には、無数の瞳孔の開いた目玉がギョロギョロと動いている。

人間とは似ても似つかない身体つきに、人間には無い器官。

時折痙攣を起こしてベッドを軋ませるそれは、手足のようなものはあるが陸上動物というよりは魚に近い印象を受ける。

私の存在に気付いた名状し難いその生命体は、頭部に入った亀裂に粘液を泡だてながら決して無秩序的ではない奇妙な音を立てた。

私は声にならない悲鳴を上げて、その場から離れるしかなかった。

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