第16話 最弱庶民、決意を固める

 世界の状態はほとんど絶望。

 しかし今なら、大切な人とその身内ぐらいは平和に暮らせる。

 

 そんな選択を突きつけられたオレは、ケルロスのほうを見た。

 もしもオレが連れて行くなら、ケルロスとその身内だ。

 よってこれは、ケルロスの選択でもある。


「素の状態での意見が聞きたい」


 ケルロスの被り物を取った。


「ケるッ……」


 ケルロスは身をすくめた。

 静かに考え、つぶやき始める。


「安全な世界に連れていけるのは……。ベルロス、ロスロス、村にいるおとーさん、おかーさん。

 おとーとに、いもうとたち……。

 九人、います……」


 ヴェルダンディは答えた。


「厳しいが、なんとかできないことはない」

「それ以外の人……。

 ベルロスたちのお友達や、私の家族以外の、村の人たち。

 私が、教官として、色々教えた人たちは……」

「すまんが無理だ。

 九人でもかなりのサービスであり、ギリギリと考えてくれ」

「…………」


 ケルロスはうつむいた。


「ごめんないっ……!」


 オレに向かって謝った。


「おししょう様のお気持ちも、ヴェルダンディ様のお言葉も、大変にうれしく、ありがたく思いました。

 ですが私と家族だけ、安全な世界に渡る――なんてできません。

 ベルロスたちと、家族のみんなだけは渡してほしいと思います……が、私は…………」


「そうか」


 オレはケルロスの頭を撫でた。


「今は保留にしておいてくれ。

 もう本当にダメだと思ったら、ベルロスたちと、ケルロスの家族は安全な異世界にやってくれ。

 オレはケルロスと最後まで、この世界に残る。

 オレとケルロスが残るんだ。そこで少し楽になる分、待ってもらうぐらいできるよな?」


「ふたり分の転送負担を削ってもよいなら、その分待つことは可能だが…………よいのか?」


 オレは答えた。


「人間の寿命は、八〇年かそこら。運が悪けりゃそれより短い。

 その中で、できる限りのことをする。味わえるだけの幸せを味わう。

 そういうモンだ」


「それは確かにそうだろう」


「逆に言うなら――。

 普通の人の二倍の幸せを味わえるなら、寿命は四〇年でいい。

 八倍だったら、一〇年だろうと構わない。

 寿命の短さが悲劇になるのは、一〇年で幸せを満たすのが難しいからだ。

 寿命そのものが問題なわけじゃない」


「…………個人のうちに納めている限りは、『考え方のひとつ』でよいだろうな」


 ヴェルダンディは、不承ながらうなずいた。

 実際、その通りだろう。

 個人のうちに納めているなら、問題はない。

 ほかの人にも押しつけていくと、かなりの害悪思想になるが。


 オレはケルロスを抱き寄せた。


「でもってオレは、この子のおかげで普通の人の一〇〇倍は幸せだ。

 だから寿命も、そんなに多くなくていい」


「お、お、お、お、おししょう様?!?!?!」


 突然だったせいだろう。ケルロスの動揺がすごい。

 顔は耳まで真っ赤だし、半開きの口はあわあわと震えている。

 湿っぽい汗もじんわりにじんで、とにかく動揺がすごい。


「見た目も中身も最高に好みな女の子が、自分を好きでいてくれる。

 これほどの幸せ、ほかにないだろ?」


 我ながら、俗っぽくて単純だ。

 しかし真顔で『これ以上があるか?』と問われたら、『正直ない』と思うんだ。


「おおおお、お待ちください!!」


 ケルロスは、オレを両手でひっぺ剥がした。


「私……その、おししょう様のことは、大好き……です。

 ですがその『好き』というのは、強い人として尊敬している部分であったり……。

 体は弱いのに技術を教えてくれる『すごいところ』であったり……。

 とにかく、そういう、『人間として』の部分も、たくさんあって……」


 淡々と語るケルロスは、自分の言葉に自分で慌てる。


「でもでもだけど、違うんです!

 そういうところが大好きですが、異性とか男性として見て、嫌いなわけじゃないんです!

 男性として見ても、大好きな気はするんです!

 それ以外の『大好き』が、いっぱいとってもありすぎるんです!

 だからどういう『大好き』なのか、わからない状態なのですケル!」


 ケルロスは両手を握り、必死になって主張した。

 こういうところが、本当にかわいい。

 愛したい気持ちと、イジワルしてやりたいような気持ちが、同時に出てくる。

 なので半ば本能的に、動いてしまった。

 ケルロスの腰に腕を回して、小さくかわいい唇に――。

 

 キスをした。

 

 目を閉じて舌を入れ、軽く撫でてから離れる。

 ぽうっと呆けたケルロスを見つめる。


「どうだった?」

「とつぜん……すぎて、おどろき…………ました」

「オレもそう思う。

 世界が大変と聞いたから、いつもと違うテンションになっている部分はある」


「ですけど……。

 ぜんぜん、イヤでは……なくって……」


 ケルロスは、自身の唇に手を当てた。

 感触を思い出したのだろう。

 そのままさらに赤くなり、自身の顔を、両手でおおった。


「だいすき………………です」


 それはか細い声だった。

 触れれば千切れそうな絹糸のように、細くか細い声だった。


「ありがとう」


 オレはにこりと微笑んだ。

 ケルロスを抱きしめて頭を撫でると、ヴェルダンディに言った。


「そういうわけだ。オレはこの世界に残る」

「…………」


 ヴェルダンディは、複雑そうな顔をした。


「残ると言っても、死を完全に受け入れたわけじゃない。

 アンタたちが流していた部分に目をつけて、試しにやっていくつもりさ」

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