第15話 最弱庶民、真実を知らされる。
フェンリルは倒した。
泡を吹いて青くなっている。
しかしこれでも生きているのだ。
三魔将、恐るべし。
しかしこれから、どうしたものか。
縄で縛ってはいるものの、恐らく効果はないだろう。
「息を吹き返したら大変なことになるが、オレたちの攻撃力じゃ殺すことはできないし……」
『私が処理しよう』
現れたのは、ひとりの女。
右目に黒い眼帯をしている
髪は世界樹を擬人化したかのような、艶やかなる緑。
彼女はフェンリルを、グレイプニルで縛った。
『私の名前はヴェルダンディ。未来のスクルド。過去のウルズに対して、〈今〉を司る女神だ。
ここの統括もしていた』
「ここに薬草がいっぱいなのは、女神様のおちらかケル?」
『その通りだ』
ケルロスがほんのり舌ったらずな訪ね方をすると、ヴェルダンディはうなずいた。
『私の神気を滲ませることで、草に癒しを付与している』
そういう設定はあった。
しかしゲーム本編で、この森に出てきたことはなかった。
街のおじさんが『西は薬草の森!ヴェルダンディ様のご加護の森さ!』と言うぐらいだ。
それこそ今回のように、要所に出てきて最後の仕上げをするような役割だ。
そういう意味で、この邂逅は不自然だ。
そもそもフェンリルがここにいたのも、ゲームではありえない。
『キミの戸惑いはわかる。
それについての、説明をさせてもらおう』
それはありがたい。
『まずキミがおこなっていた、シッ、シュミュ、シュッ、』
シミュレーションが言えないらしい。
キリッとしていたヴェルダンディが、何度もドモる。
「シュミィンッッ!!」
そして舌を噛んだ。
眼帯姿のキリッとしていた登場なのに、(><)の涙目で口を押さえ震えている。
「しゅみいぃ……」
かわいい。
コホン。
ヴェルダンディは頬を赤くし、咳払いをした。
「キミがしていた『しむれーしょん』は、その大半を未来神・スクルドが担当した。
過去をつかさどるウルズからデータを集め、『世界を崩壊させし者』たちの動向も含めた未来を『しむれーしょん』したのだ。
生身であれば絶対にできない訓練を、『ゲーム』という形で行わせた。
私たちが特に目をかけた『特別な12人』を主人公として、全力でサポートする体勢を作ったりもした」
ヴェルダンディは、沈痛な面持ちで続ける。
「しかしスクルドのゲームには、大きな欠点がふたつあった」
ヴェルダンディは、人差し指を一本立てる。
「ゲームの世界は、人間たちに都合がよすぎる」
それはその通りだった。
死んでも死なないということは、端的に言ってズルい。
薬草の森も、ゲームでは最初から解放されていた。
それに伴い薬草や、薬草を煮込んで作るポーションも安かった。
ほかにもオレが知っていないだけで、様々な『特典』があるのだろう。
「そしてふたつ目の問題。これがより深刻なのだが――」
ヴェルダンディは、心から深刻そうにつぶやく。
「『人間に都合がよいシステム』を構築しても、人間は負けた。
私たちが推薦した『主人公たち』は誰ひとりとして、世界を崩壊させし者を止められなかった」
サービス終了の日を思い出す。
アレはオレたちの視点からすれば、『好きなゲームが終わった日』
しかしヴェルダンディたちからすれば、『人間にとって都合のよい設定でやったシミュレーションで、神と人間が敗北した日』になるのだろう。
オレは小さく手をあげた。
「ゲームの『主人公』は、特別なスキルやステータスを持っていた。
この世界の『主人公』――というかあんたらがピックアップした『特別な12人』も同じか?」
「アレックスを見ての通りだ。
初期値や環境に差はあるが、基本的には相違ない。
一般人にはない力。
一般人にはないスキル。
一般人とは違う力を得た時に、それを他者のために使おうとする正義感。
私たちが選んだ『特別な12人』は、全員がそれを持っている」
「確かにアレックスは、主人公だったなぁ……」
「そもそもを言えば、『最初の主人公』はアレックスだった。
絶望の未来を救うべく、神と呼ばれるほどに力を持った時代の超人たちの遺伝子を取り入れ、作り上げた最高位の英雄だ。
最初は彼を『主人公』として、『しむれーしょん』をしていたのだ」
荒唐無稽な話だが、納得もいった。
アレックスは、それほどに強かった。
ヴェルダンディは、ため息をつく。
「しかしアレックスは死ぬ。
騙し討ちで死ぬ。
油断して死ぬ。
慢心して死ぬ。
赤の他人を人質に取られても死ぬ。
アレックス以外を主人公にしても、結局は死んでしまった。
そうこうとしているうちに、『しむれーしょん』の時間がなくなる。
ノルズ、私、スクルドの三人は力を合わせ、キミたちの世界の人間に、『げぇむ』を作った」
「それがオレのプレイしていた、ロマンシング・ラグナロクか」
「これはもう、単なるヤケだ。
私たちの世界の人材だけでは、どうにもならない。
だから他の世界の人間を入れれば、ナニカが何とかなるかもしれない。
そんな雑な考えで、唯一リンクを繋ぐことができた世界――――地球の民を、『しむれーしょん』に混ぜた。
あえて言葉を選ばずに言わせてもらうと――」
ヴェルダンディはまっすぐな瞳で、酷い物言いをした。
「ゴミのように貧弱で矮小な異世界人でも、数を集めればナニカできるかもしれない」
「その言い方は、いくらなんでも酷すぎケ――――」
オレは、抗議しようとケルロスの口を塞いだ。
そして言った。
「大体あってる」
「ケルぅーーーーーーーーーーーーーー?!」
最弱庶民がゴミジョブなのは、オレが一番痛感している。
それでも一応、確認を取る。
「オレのジョブの『最弱庶民』は、お前たちの嫌がらせとか敵の呪いとか、オレが不運っていうわけでもなくて……」
「キミら地球人がこちらに来た場合の、『当然そうなる』という想定だ。
『魔法』も『スキル』も使用できない脆弱な人間が、強いはずがないからな」
「ゲームだと『剣士』や『一般庶民』から始めて、転職することもできたけど」
「それは『完全にあり得ないわけではないが、極めて可能性の低いビジョンを具現化したもの』だ。
『しむれーしょん』は先ほど言ったように、『人間にとって、都合がよすぎる世界』なのでな」
そこまでいくと、単なる現実逃避のような気がする。
「未来を見られるスクルドは、私たち三姉妹の中でもっとも強い。それゆえに脆い。
私たちにとっては『予想』でしかない未来を、確固たる現実として認知する。
RRが人間にとって都合がよすぎる世界になっていたのも、『勝利の未来』を見たいがゆえだ」
本当に、単なる現実逃避であった。
「彼女はもはやそれほどに、世界の未来に絶望していた。
これで負ければ本当に終わり。
そういう覚悟で、『人間に都合がよすぎる世界』を作った」
「なのに負けてしまったと……」
「スクルドは壊れた。
ウルズは過去に引きこもった。
この世界に来た時の説明が、自動音声だったろう?
アレはスクルドが、壊れてしまっていたからだ。
説明や問答をする気力すら、彼女には残されていない」
ヴェルダンディは言った。
「三人の中でまともに活動できているのは、一番の落ちこぼれである私しかおらん」
自嘲気味に笑う。
「なにせ私はキミたちと同じく、『今』を生きるしかできんからな」
ヴェルダンディは、ゲートを広げた。
「話は以上だ。
元の世界に帰るといい。
キミが帰ったあとはゲートとリンクを完全に破壊し、二度と繋がらないようにする。
リンクを繋げたままでいると、『この世界の次』にキミたちの世界が狙われるかもしれんからな」
自嘲気味な笑顔を浮かべる。
「このタイミングですべてを話したのは、私なりの誠意だ。
キミはもう、十分すぎるほどにやってくれた。
元の世界に帰ってよい。
キミがどうしてもと望むなら――――」
ヴェルダンディは、これ以上ないほど真摯な眼差しで言った。
「キミと望む相手。あとはその身内ぐらいなら、一緒に転送してやる」
ヴェルダンディの視線は、ケルロスを向いていた。
元の世界に帰って、ケルロスやケルロスの家族たちと仲良く暮らす。
そんな未来が、用意されたわけであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます